2008年10月08日

暴力脱獄(1967年)

 ポール・ニューマンが亡くなった。80を越える年齢だったし、数年前までは現役で俳優を続けていたのだから、まずまずの映画人生だったのではないか。彼の死は残念だが、十分すぎるくらい素晴らしい演技を見せてもらった。

 彼の出演した作品で思い出に残る映画はたくさんあるが、なにより最初に鮮烈な印象を受けたのが「暴力脱獄」だった。1967年公開だから映画館で見たわけではない。テレビで何度も見た記憶がある。とびきり活きのいいブレイク直前の俳優が主演した話題作だったのかもしれない。まだ若々しかったニューマンは、何物にも屈服しない反骨精神を持つタフでクールな囚人を演じていた。当時の彼は「評決」の頃から見せた枯れた風貌ではなく、ひたすらギラギラとした精悍さに満ちていた。

 田舎町にある監獄では日々社会奉仕のために囚人が道路整備に借り出され、炎天下の中を肉体労働に明け暮れる。休憩の時間に囚人同士の争いが絶えず、誰にも弱みを見せないニューマンは最初のうちは監獄仲間から疎まれる。特に敵役の囚人ジョージ・ケネディと衝突するが、一向に音を上げないいニューマンに根負けして、以後一目置くようになる。

 退屈で辛い監獄生活でも刹那的な生き方を見せつけるかのように、時にたわいもない賭けに乗ってみせる。この映画の山場の一つと記憶しているのは、たくさんのゆで卵を食う賭けのシーンだ。昼食にでたゆで卵を全員が提供して50個食べられたら食べた者の総取りという賭けに、ニューマンは無謀にも挑戦する。ニューマンはマッチョなファイトではなく、ゆで卵をひたすら食べるというバトルで、死にそうになるくらい腹をふくらませても勝ちを譲らない。その強烈なシーンには、あの「ショーシャンクの空に」に先駆けて〈何物にも束縛されない自由な魂〉のテーマが込められていた。

 看守に目をつけられ過酷な労働を迫られるニューマンは何度も脱獄を繰り返し捕らえられ、ついには致命傷を負う。そしてついに看守たちの手に届かない平穏な居場所を勝ち取ったかのように、彼は一切の治療を拒んで死んでいく。

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posted by アスラン at 12:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 記憶の映画を探して | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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