2008年10月31日

大脱走(1963年)

 ああ、まだ映画館で観てないなぁ。映画館で観てみたい大作映画の代表格だと思うが、まだ一度も機会がない。あんなにテレビで繰り返し放映されて、繰り返し観て、内容もすべて頭に入っているというのに。でもひょっとするとノーカットで放映されているとは思えないから、いまだに観てないシーンがあるのかもしれない。


 実は「大脱走のマーチ」のシングル盤を持っている。もちろんアナログレコードでだ。当時小学生だった僕はかなり渋い趣味の持ち主だった。というか、垢抜けないマニアックな趣味の持ち主と言った方がいいか。先日、実家のシングル盤の棚をさらってみたら、「大脱走」と一緒に「パピヨン」のテーマや「刑事コロンボ」のメインテーマ、あげくはNHKドラマ「天下御免」の主題歌などが並んでいた。やがては人並みに天地真理のレコードを買うようになるが、性に目覚める前夜の男の子の趣味とは、まことに雑然としたものなのかもしれない。

 「大脱走」というと、まずなによりあの軽快で分かりやすいメロディーラインが思い浮かぶ。印象的なメインテーマだ。当時の戦争映画というと「戦場にかける橋」といい「史上最大の作戦」といい、本作といい、非常に印象的なテーマ曲が多かった。その伝統は「遠すぎた橋」にも引き継がれている。もしかしたらアメリカの最初の宇宙飛行士たちの姿を描いた「ライトスタッフ」などに受け継がれたのかもしれない。スピルバーグの才能は認めるにしても「プライベート・ライアン」は戦争の真実を伝えることに重きが置かれ過ぎていて、楽観的な未来を夢想させるテーマ曲を挿入する余裕が監督にはなかったようだ。

 僕の記憶は定かではない。あまりに当たり前のように反復して観てきたので、映画の各場面を思い浮かべると、あの「タタッ、タタータ、タッタ。タタータ、タタタタタッタ」というメロディが流れている。それは軽快というだけでなく、勇敢さと希望に満ちあふれている。エンディングに流れるのはもちろんだが、オープニングにも流れていたかどうか。

 第二次世界大戦下のドイツ。連合国の捕虜たちの多くが、ある収容所に集まってくる。ナチスが脱獄不可能と絶対の自信をもつ収容所に、奇しくも脱走のプロのような軍人たちが集められたのだ。従順な捕虜の身分に甘んじていると見せかけて、彼らが企画したのは300人近くをいっぺんに脱走させるという大計画だ。軍隊あるいは収容所というところは一つの独立した社会だ。計画が走りだすと、パスポートを偽造する係や脱走時の私服を仕立てる係、必要な物をなんでも調達する係などが分業で「大脱走」という目的に向かって邁進する。

 副参謀はドイツ語の教育係でもあり、会話の途中で母国語をワザと挟んで相手を罠にかけて「気をつけろ、ナチの常套手段だ」と戒める。いざ脱走した際に警察に目を付けられ、自ら墓穴を掘るところは、なんともサスペンス感を煽る演出だった。

 主役級にはスティーブ・マックィーン、チャールズ・ブロンソン、ジェームズ・コバーンなどの西部劇と見紛うような配役を据えた。土や泥にまみれて穴を掘り続けたり、荒っぽい男たちの友情に溢れたりする点が、西部劇にインスピレーションを得るところがあったのかもしれない。

 ブロンソンは穴掘りの達人だが、なんども穴が崩れて生き埋めになったせいで、閉所恐怖症になる。彼を助けて穴から外に出す場面に男の友情があるが、なんといっても調達係のジェームス・ガーナーと偽造係のドナルド・プレゼンスの友情にまさるエピソードはない。偽造に昼夜を分かたず力を注いだせいでプレゼンスは視力を無くしてしまう。ガーナーが目となり杖となり、空港から飛行機をぬすんで国境を超えようとしたが、燃料不足であえなく撃沈される。目の見えないプレゼンスが傷ついたガーナーを助けようと助けを求めて歩いた先が追っ手の兵隊たちだったというあまりに悲しい結末だった。

 コバーンがどういう役回りだったかは記憶にないが、脱走してからはよく覚えている。逃げ回ってたどり着いた屋外のカフェで新聞片手にお茶をしていると、軍人が立ち寄る。そこへトラックがやってきてマシンガンを掃射して去っていく。実はカフェの主人がレジスタンスの一員だった。コバーンは彼らに渡りをつけて、まんまと国外脱出を果たすのだ。

 このシーンがいっときの憩いを観る者にもたらすのは、脱出した人数に比してそのほとんどが捉えられてしまったというむなしい結果だ。さらには首謀者だった参謀(ああ、リチャード・アッテンボローだった)と副参謀も捕らえられて、戻るトラックの中で次の脱走計画を算段するも、途中で密かに殺されてしまう。ナチス統治下のドイツを舞台にしていながら、全編に渡ってどこか楽観的な雰囲気が漂っている作品だけに、ここに至って、これが現実の戦争だったことを観客はふいに思い知る。

 しかしそれを吹き飛ばしてくれるのが、やはりオオトリのマックィーンだ。彼は捕虜の中で少数派のアメリカの軍人だ。建国記念日には仲間たちと用意した芋の酒をみんなに振る舞う陽気さを持っているが、こと脱走計画については距離をおく。脱走のプロを自認し、一人で脱走することにこだわる、気概に満ちた男だ。いろいろ試しては見つかり独房に入れられても懲りない。収容所で知り合った気の弱い男がノイローゼの結果、失意のうちに逃げようとして銃殺されるのを機に、マックィーンは計画に加わる。圧巻はクライマックスでのバイクのシーンだ。これは誰もが語るのであまりにも有名だ。盗んだバイクで国境に近づくが、どこまでも鉄条網をからめたフェンスで覆われている。それを丘の起伏を利用してバイクで飛び越すシーンをスタントなしで演じている。

 正直、子供の頃に観たときにはすごさがピンとこなかった。たぶん特撮物に慣れていたせいで、仮面ライダーみたいにもっと高いフェンスもひとっとび〜のような派手なシーンではないのが、小学生の僕には腑に落ちなかったのかもしれない。でも大人になってから見なおすと「すげえぜ〜、マックィーン」としか言いようがない。結局追いつめられて鉄条網にひっかかり、あきらめて捕虜になる潔さもかっこよかった。

 そうだ、例えればイチローのようだ。MBJのオールスターの一員になっても、WBCのメンバーになっても、孤高のスタイルを貫くイチローのようだと言えば今の人には伝わりやすいだろう。そして、先ほどの参謀たちの暗殺シーンの次に、マックィーンが収容所に戻ってくる。逃げおおせた人間の少なさを仲間から聞かされて、衝撃を受ける彼。

 追い打ちをかけるように独房入りを告げられると、すかさず仲間がグラブとボールを投げてよこす。そこに、あのメインテーマがかかる。独房の中で、冷たく堅い壁を一心に見つめながら、ボールを投げては捕る孤高の男マックィーン。結末の悲しさに沈む観客の感情を盛り上げるのに、これ以上ないくらいの素晴らしいエンディングだった。

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posted by アスラン at 12:51| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 記憶の映画を探して | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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