2008年12月25日

ホワイト・クリスマス(1954年)

 女っ気がほとんどない技術系の大学に通っていると、まずスキーやテニスなどの部活をやるか、混声の合唱団などに所属するのが、学外の女子大学生とおつきあいできるもっとも近道という事になる。しかし、入学式に続く部活のオリエンテーションを、アルバイト先の都合で出なかったせいで、結局卒業まで一度もクラブや同好会とは縁のないキャンパスライフを送ってしまった。つまりは女性にマメな性格でなければ女っ気は皆無の4年間だった。

 研究室に所属する3年生ともなると、ますます専門をみがく授業と研究とで日々がくれていく。それにしてもまだ余裕のある3年の師走は、寂しさと浮き立つような世間のクリスマスムードに当てられて、研究室の同期連中で自由が丘に繰り出した。自由が丘には当時、武蔵野館という映画館があった。一応、名画座だと理解しているのだが、すでにレンタルビデオが普及しだして名画座のシステムも崩壊していたので、半分名画座で半分が新作ロードショー館になっていたかもしれない。僕らは夜7時スタートの最終回の映画を見た。

 映画は「ホワイト・クリスマス」。タイトル通り、ビング・クロスビーの名曲をモチーフにして作られた作品で、彼自身が主役を演じている。平日の7時の回を見に来ている客は、そう多くない。いや、カップルでないならば映画マニアか、あるいは僕らのようにクリスマスの夜に人寂しくて孤独を埋め合わせに来た連中のいずれかだ。

 舞台はかつてクロスビーが所属していた軍の将軍が引退後に経営している小さなホテルだ。クロスビーは退役してから、同じ部隊の仲間ダニー・ケイと芸人になって浮き世をしのいでいる。2人はクラブで知り合った芸人の姉妹とそれぞれ恋に落ちて、4人でヴァーモント州にあるホテルでクリスマスをすごそうとやってきた。本来ならばスキーやスケートを楽しむ客でにぎわうはずの季節だが、何故か雪が一向に降らず、ホテルは経営難に追い込まれる。

 かつての上官の窮地をなんとか救いたいとクロスビーは客寄せのためのショーを計画する。しかしテレビに出てまでショーの宣伝をするクロスビーの気持ちを誤解した姉妹の姉は、クロスビーを見限って出ていってしまう。しかしクロスビーはなんとか将軍を助けたいと思う一心でショーを成功させたかった。ショーの成功は金銭的な解決だけでなく、気落ちしている将軍を奮い立たせるためのお膳立てだったのだ。

 ビングー・クロスビーはこの当時何歳ぐらいだっただろう。1903年生まれなので50歳になっている。まあ年相応かなぁ。ミュージカルの雄フレッド・アステア同様に最近の人から見ると老け顔で、かなりの年配に見えるかもしれないが、どちらも善人顔でお人好しに見える。決してイケメンなどではないけれども、奇跡を起こすのにふさわしい優しさに満ちている。何より、どんな甘いストーリーでも許させるのがクリスマスなのだ。

  クロスビーたちは、テレビでかつての軍隊の仲間たちに将軍の窮状を訴える。そしてクリスマスの日に家族を引き連れてホテルを訪れるように頼む。その日にみんなで将軍を囲んだ楽しいクリスマスショーにしようとする。クリスマスショーは、夕方から降り出したお約束の雪とともに、盛大ににぎやかに執り行われる。誤解していた姉妹もクロスビーのもとに戻ってくる。そしてもちろん、クライマックスはクロスビーが歌う「ホワイト・クリスマス」だ。

 クロスビーの歌は熱唱というのではない、力が抜けた伸びのある低温。そして荘厳な一夜にふさわしい余裕と慈愛に満ちている。様々な歌手がこの曲を歌い継ごうとも、映画の華やかさと心温まる物語(クリスマスぐらいこういう嘘くさいぐらいの奇跡が似合うというものだ)とともに、クロスビー以外に考えられない「ホワイト・クリスマス」が永遠に記憶の中に封じ込められる。

 映画館を浮かれながら出た僕らは、道々「ヴァーモントって最高ね」と登場人物のセリフを繰り返した。映画の終わりは、ほんのちょっと切なく、ほんのちょっと甘く、そしてタップリと心が暖まったら最高。そんな一夜だった。

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posted by アスラン at 12:38| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 記憶の映画を探して | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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