2009年02月20日

八甲田山(1977年)

 ソフトバンクのホワイト家のCMで、お兄ちゃんのダンテさんと、犬のお父さんとが頂上を目指して山登りをしている。いや、犬のお父さんをかたどったフィギュアとだった。フィギュアが話すので、犬のお父さんと一緒に登ってると言っても間違いではないか。説明すると意外とややこしいCMだ。でもCMの話をしたいのではない。あのお気楽なCMのBGMで使われているのが、映画「八甲田山」のテーマソングなのだ。

 いまや、こういう使い方をしても不謹慎だなんて言う人もいないだろう。むしろ懐かしいなぁとか、あれ何だったっけ?と頭をひねる人が多いか。いや、まったく反応しない若い世代の方が今や多いのか。これって「生きる」などで盛んに黒澤監督が多用した対位法と言われる演出の一つだ。明るい場面に暗い曲を、悲しい場面に明るい曲を合わせると、モチーフがより明確になって観ている人の感情を揺り動かすのだ。今回のCMはコミカルな場面に、あの重々しい重厚な曲をかぶせるとおかしみが増して伝わってくる。

 さて、本編の「八甲田山」はどんな映画だったかというと、明治時代の富国強兵下にあった日本で起きた悲惨な事故(人災)を描いたドラマだ。ちょうど僕が高校に入学した年の6月に公開された。今も「坂の上の雲」がドラマ化されるように、当時も明治を題材にした悲しい歴史と人を描いた映画が何本か作られた。製糸工場の女工たちの過酷な人生を描いた「野麦峠」がヒットしたのが先だったかもしれない。

 僕はこの映画を観て、その後の生き方が変わった。などと書ければいいのだが、そんな感動的な個人的なドラマはない。そもそも、この映画を公開当時観ていないし、「八甲田山の死の行軍」のエピソードも知らなかった。おそらく、それを知ることになるのは高校2年生の秋に、青森・岩手に修学旅行に行ったからだと思う。想像するに、旅行にでる前の授業か下調べで、この歴史的な悲惨な事件を知ったのだろう。

 NHKでドラマ化される司馬遼太郎の「坂の上の雲」が日露戦争での海軍の活躍や潔い明治の軍人のドラマを描いているとすれば、ちょうどそれとは真反対の、人間を軽んずる残酷な事件があったことをこの映画は暴き出している。そういった意味では、映画は元々の事件のインパクトを越えていないことは確かだ。日露戦争で陸軍は旅順からロシアに侵攻することになる。大日本帝国陸軍は、そのための想定行軍を雪深い真冬の八甲田山で行った。そのばかげた行軍が大惨事を生む。前夜から厳しくなった吹雪の中を行軍した部隊の多くが遭難し、大量の死者を出した。

 映画そのものはテレビで観た。北大路欣也や扮する将校の悲痛な叫び「天は我を見放した〜」がいまだにこの映画とセットになって心に残っている。それ以外は特に感想はない。ではなぜこの映画を取り上げたかというと、受験を前にした高校2年の秋に修学旅行で僕は八甲田山に登ったことが書きたかったからだ。

 二日目のフリープランで八甲田山に行くか、弘前城趾に行くかを選択する際に、僕は少数派の八甲田山を選択した。前日から雨もよいだったし、公園の紅葉を見る風情とは比べものにならないために人気はなく女生徒は一人もいなかったのではなかったか。といっても登山するわけではなく、バスで全クラスの希望者が同乗して頂上まで一気にあがってしまう気楽なツアーだった。

 頂上に近づくにつれて、あたりに靄がたちこめてきた。そのうち前も後ろも見通せなくなった。もちろん前年の「八甲田山」の映画は誰もが記憶に残っていたので、「遭難するぞ〜」「天は我を見放した」とみんなは叫びながら、車内はちょっとした興奮に包まれた。

 頂上に着くとボーイスカウト経験者(いや現役だったかもしれない)のサトウ君が用意してきた携帯コンロで湯を沸かして、一杯の甘い紅茶カップをみんなで回し飲みした。まったくこんなことを思いつくなんて、ほんとに彼は気が利いている。みんななんとなく八甲田山を選んだ事の喜びを感じた一瞬だった。

 山の上の茶屋では土産として健康茶を売っていて、お茶もただで振る舞ってくれた。茶葉の包装には「1杯飲めば1年長生きし2杯飲めば2年長生きする。3杯飲めば、死ぬまで長生きする」と、お気楽な売り文句が書かれていて、みんなでゲラゲラ笑った。映画の悲惨さは影も形もない。楽しい一生ものの思い出を僕らは持ち帰った。

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posted by アスラン at 19:32| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 記憶の映画を探して | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
はじめまして。
10年ほど前に青森周辺に旅行に行き、八甲田山にも行ってきたことを思い出します。
麓の遭難資料館(今も開館してるかな?)で見た、薄っぺらい軍服や凍傷の写真などの展示物には、実際の事件の凄まじさを感じたものです。
ねぷたの里では、撮影の際に使われた雪上車が置いてあり、健さんやスタッフのサインが書かれていました。あれは貴重だ。
「行ってみたい」と憧れるロケ地−今では少なくなった気がします。
Posted by K-CHU at 2009年04月02日 22:29
K-CHUさん、コメントありがとう。

遭難資料館なるものがあるんですね。修学旅行の時はそこまで深入りする時間も姿勢も出来ていなかったのですが、再び行く機会があればK-CHUさん同様に「事件の凄まじさ」を感じてみたいですね。
Posted by アスラン at 2009年04月05日 01:21
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