2009年05月08日

ジョーズ(1975年)

 「ジョーズ」は言わずとしれたスピルバーグの代表作だが、この作品でブレイクしたと言っていい。映画館で公開された初作品だったろうか。すでにテレビドラマのディレクターとしては知る人ぞ知る天才を若くして発揮していた。あの「激突!(1972年)」がそうだし、〈刑事コロンボ・シリーズ〉の「構想の死角(1971年)」も彼の数ある傑作の一つだ。しかし「ジョーズ」公開当時は日本ではまったくの無名の監督だった。

 動物や昆虫が人を襲う映画は、当時でも目新しくはなかったが、何しろ肝心のサメがなかなか姿を見せないところに、僕らの興味は俄然集中した。スピルバーグの後日談によると、もっと早い段階で巨大なサメが暴れ回る予定だったが、使用するサメのロボットがうまく動かなかったために、やむなく姿無きサメの恐怖をあおる演出に切り替えたところ、逆にそれが大受けしたと言う。今となると、若きスピルバーグの自らの才能に対する謙遜が言わせた嘘のような気もする。それくらいスピルバーグの演出は冴えわたっている。

 若い女性が夜の海に入って立ち泳ぎしていると、突然真下に引き込まれる。この有名な冒頭のシーン、それにかぶさるように、せまりくる危機を煽るジョン・ウィリアムスの音楽。「ド・ド・ド・ド」というショッキングな効果音に続いて、ホルンの低音が海中を雄大に泳ぐサメの巨体をイメージさせる。思えばスピルバーグとウィリアムスの映像と音楽のコラボレーションは、このときから既に始まっていた。

 顎を意味する「ジョーズ」という言葉で巨大なサメを表現した原題をそのまま採用し、たとえば「巨大サメの恐怖」のような扇情的な邦題にしなかったのは配給会社の見識だろう。一方で、一つ間違えば原題そのままの意味不明なタイトルは格好の批判の対象になったはずだが、結果的には得体の知れない恐怖をうまく言い当てることとなった。

 日中の海岸の浅瀬に姿を現した背びれに驚き、パニックになる海水浴客。背びれを追い詰めると少年二人のイタズラだと分かる。煽っては肩すかしを食わせる演出は、その後のホラー映画の常套手段となった。そして危険はひたひたと確実に近づいてくる。

 アミティ市の警察署長(ロイ・シャイダー)は海岸の遊泳禁止を進言するも市長に拒否され、仕方なく厳重な警戒態勢で海岸を監視する。ただし、息子たちには中州で遊ぶように言い聞かせる。少年のイタズラの直後に中州に異変がおこるが、イタズラにうんざりした署長の動きは鈍い。半信半疑で中州へ歩く署長が、やがて気も狂わんばかりに子供の元に駆けつける。今度はまぎれもなくつがいのサメだった。

 中型のサメを退治して安堵する署長たちだったが、再び被害者が出てようやくサメ退治の専門家を雇う事になる。名うての賞金稼ぎを演じるのは名優ロバート・ショーだ。あの「スティング」では、ポール・ニューマンたちにしてやられるギャングのボス役だった。彼の小型船に海洋学者のリチャード・ドレイファスと警察署長が乗船する。後半は、男たちの三者三様の掛け合いが見ごたえある。ジョージ・ルーカスの出世作「アメリカン・グラフィティ」で田舎町の秀才役で出演したドレイファスは、本作の2年後に公開された「グッバイガール」の主役に抜擢されて、その年のアカデミー賞主演男優賞を受賞している。一番油がのっていた時期だろう。

 確執を乗り越えて連帯していく海の男たちの姿は、最近読んだヘミングウェイの「老人と海」のモチーフと何かしらつながるような気がした。サメ退治の賞金稼ぎが、実は先の大戦で海に投げ出されて、次々とサメに仲間を奪われてた生き残りだと知って、ドレイファスもシャイダーも、胡散臭いだけと思っていたロバート・ショーを見直す。この場面では、人生の黄昏を迎えようとする頑なな人間にあたたかな眼差しを向ける、若き日のスピルバーグの純粋さが感じられる。

 終盤のサメとの格闘は、あたかも西部劇のクライマックスのようだ。そもそも3人が同乗する小型船は、ジョン・フォードの「駅馬車」でインディアンに襲撃された駅馬車を思わせる。生き残りをかけた人とサメのギリギリの闘いも、最後の最後までスクリーンから目が離せない。未だにスピルバーグの最高傑作だと僕は言いたい。

 ちなみに当時中学2年生の僕は、池袋の「日勝地下」でこの映画を観た。西口を出てパルコを通り過ぎてビックカメラの位置にかつてあった映画館だ。名前の通り地下にあった。小振りのスクリーンでは、常日頃はにっかつロマンポルノが上映されていたが、時折ロードショー落ちした話題作を安く上映してくれた。1本300円程度だった記憶がある。

 席数は100なかった。立ち見客があふれていたので、僕も立ったまま最後尾の手すりにつかまってスクリーンの映像に食い入った。確かに立ち見するぐらい混雑していたが、後ろから体を押しつけられるくらい混んでいたわけではない。そのとき、僕の人生で最初で最後であろう痴漢にあった。まだ初(うぶ)だった僕は、映画の海水浴客のようにあわてて通路を前に進んで、何故か満席のなかを一つだけ空いているように見えた席に腰掛けたら尻餅をついた。座席が壊れていたのだが、痴漢を恐れて構わずそのまま映画を観つづけた。

 今となって、忘れ得ぬ貴重な映画体験だ。

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posted by アスラン at 03:58| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(2) | 記憶の映画を探して | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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映画評「ジョーズ」
Excerpt: ☆☆☆☆(8点/10点満点中) 1975年アメリカ映画 監督スティーヴン・スピルバーグ ネタバレあり
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Tracked: 2009-05-31 01:52

ジョーズ
Excerpt: ジョーズ 30th アニバーサリースペシャル・エディション  スピルバーグを夫とともに最初から見る企画第3弾…と言っても、1弾から2弾まではずいぶん空いてしまったけれど。  今回は3..
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