2009年06月18日

月面着陸40周年を記念して、ツンカン!

 結婚して立川くんだりに来たのが2001年だ。結婚当初は夫婦で定期的に映画館に足を伸ばす事もあったが、日々の忙しさが募って次第に遠のいた。夫婦で観て「よかったね」と感想をのべあったのは「アメリ」が最後だった。そのあとにしばらくたって「オーシャンズ11」を観に行って相方がぐっすりと途中から寝てしまって以来、途絶えた。

 一人で観るのは、夏休みの一日を里帰り用にもらって実家に戻る前に中央線の中で出来立ての六本木ヒルズにあるヴァージョンシネマ(当時)の席を携帯から予約できる事に感動し、そのまま麻布十番で食事をしてから当時大ヒットしていた「ディープ・ブルー」を観て、久々の映画三昧の日々を懐かしんだのが最後だった。

 そもそも息子が誕生以来、映画館で映画を観るという行為は贅沢な行為と化してしまった。それ以降は映画は立川のシネコンで観られるもの、しかも時間がたまたま合って観られるものというかなり厳しい条件を強いられる。ならばレンタルして家で見ればいいではないか、という事になりそうだが、家で見るにはさらに厳しい条件が待ち受けていて、週末の昼間は家事や育児に追われる。平日は仕事と家事、それと深夜の余暇はブログや読書やテレビなど、やりたい事は盛りだくさんだ。すると映画をまとめてみる時間などないに等しい。それを見ようとすると寝不足の日々を送ることになるわけだ。

 好きな読書にしても、読みたい本はいっぱいあるくせに読める時間は限られている。その間に読みたい本はどんどんでてくるわけだから、当然ながら「積んどく」事になる。文字通り購入して家の本棚に「積んどく」ものもあれば、図書館などで貸し出し可能を確かめて積んどく場合もある。映画では便利な言葉がないため、これまでこういった行為をあからさまにしてこなかったのだが、何か便利な呼び名をつけてしまえばいいだけの話だと気づいた。

 僕は映画は「観る」ものであって、「見る」ものではないと思っている。つまりは、映画は映画館で観客となって「観て」、初めて映画なのだと思っている。だから理想的には映画館で観たい。その思いをこめて、観たいなぁ、余裕があったらぜひ映画館で観たいなぁ、という映画を「積んでみる」ことにした。やがては「積んで観る」わけだから、「積観」。そう、ツンカンだ。

ザ・ムーン(2007年、英)
フロム・ジ・アース/人類、月に立つ(1998年、米)


 今年はアポロ11号のミッションが月面着陸の偉業を達成してから40周年目にあたる。1969年だ。まだ7歳の頃だが、友人の家にあった白黒テレビで月面からの中継画像を見た記憶がある。そして、スパイダーというコードネーム(あるいは愛称)を与えられた月着陸船を小学2年生の付録の紙工作で組み立てようとして、なかなか組み上がらず、「できない、できない」と泣きながら作った、という思い出もある。とにかく、僕にとって月着陸という歴史は何事か心に刻み込まれるイベントであった。決して、ポルノグラフィティの歌に唄われるような、「へえ、すげえなぁ」という人ごとの出来事ではなかった。

 いま、まさにもう一度振り返ろうと思ったら、すでに格好のドキュメンタリー映画がひっそりと上映されていたではないか。「ザ・ムーン」。これこそ、待ち受けていた映画のはずなのに、ようやくDVDになるらしい。レンタルでもなんでもいい。ぜひ借りて観てみたい。

 そう言えば、「人類、月に立つ」の海外ドラマもNHK−BSで放映された際には、何かと忙しくてやり過ごしてしまったんだっけ。12話からなるこのドラマは「フロム・ジ・アース」が正しくて、「人類…」の方は、原作にあたるノンフィクション小説のタイトルだ。実は放映当時、ドラマを見るヒマがないので実家でVHSに撮り溜めする一方で、原作も購入して、こちらは読み出した。ただドラマが12話からなり、克明にアポロ計画を追っていたのに対して、原作は上下2巻で、それぞれのエピソードがあっさりと書かれていて、正直肩すかしの気分だった。「ライト・スタッフ」のような醍醐味を期待してたのに。

 ドラマの方は断片的に見た。特に月着陸船を開発するグラマンだったかダグラス社だったか、開発スタッフの苦労話はとっても面白かった記憶がある。あれだけでももう一度見てみたい。第五話だそうだ。
posted by アスラン at 12:41| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | ツンカン!(あっ、あれ観たい) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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