2009年08月16日

アルセウス超克の時空へ(2009年7月23日 (木))

 ポケモンは、ずいぶん息子につきあってテレビで見てきた。過去の映画もレンタルして観た。特に「ポケモンレンジャーと蒼海の王子 マナフィ」は、映画「アビス」を思わせるような深海の遺跡で繰り広げられる冒険に見ごたえがあった。また「ミュウと波導の勇者 ルカリオ」では、主人であるアーロンに裏切られたルカリオが現代に甦る話だが、先は読めているとは言え、時を超えた物語がこれまたよく出来ていた。

 ただし、ポケモンのターゲットが息子のような就学前の幼児から小学生のかなりの学齢まで幅広く対応しているからか、いわゆる「神々の戦い三部作」と言われている一連の作品は、息子には難しく最初は不評だった。ダークライに至ってはホラーめいた存在に息子は今でも見たがらない。親の僕にしても、「神々の戦い」のかなりハードなストーリー展開はいまだによくわかっていない。今回のように、その三部作を踏まえた上で、世界観が持ち越しになっているから、息子だけでなく僕もチンプンカンプン状態だ。

 今回、おそらく「神々の戦い三部作」の世界に、アルセウスの世界が重畳して壮大な連作が完結する事になるのだろう。冒頭からディアルガが、パルキアが、ギラティナが惜しげもなく姿を現し、互いの存在を賭けて争う。「三部作」をじっくり見てきていないので、三匹の反目関係がよく見えていない。息子の方が「反転世界」などと言う用語が口から飛び出すのだから、僕より理解しているのかもしれない。そうこうするうちに、新たなポケモン・アルセウスが登場するが、これが神と呼ばれし3匹のポケモンが赤子にみえるほどに、すべての力を無力化する究極の防御力と攻撃力とを持ち合わせて、人類に向けて天誅を食らわせようとする。

 それは、かつて人間に手を貸して手痛いしっぺ返しをうけ、傷ついた挙げ句に長い眠りについたという因縁があったからだ。アルセウスは、自らが持つ13の力のうちの5つから〈命の宝玉〉を作りだし、信頼した人間ダモンに貸し与えた。ダモンの裏切りにより奪い取られた宝玉をアルセウスに返さない限り、人類の未来はない。パルキアの時を超える力によって、過去へとタイムスリップしたサトシたちは、失われた過去を修復するために活躍する。

 実は、このストーリー展開は、毎度のおなじみの段取りと言える。ちょうど「ルカリオ」の映画と似ている。というよりは、似ていなければ低年齢の幼児たちにも楽しんでもらえる内容にできないという制約があるのだろう。ただし、その類似に対して「またか」と言わせないように、十分なほどに観客の興味をあおってくれる。前半で息子が少々退屈になってしまったのは、学齢の高い子のみならず僕ら大人でさえも楽しめるストーリーに監督がこだわったからだろう。つまり、〈子ども向け〉というジャンルにとらわれないエンターテイメントを目指すスタッフの心意気のあらわれと言っていいかもしれない。

 残り30分のシーンは、親子そろって息をもつけないほどのドラマを見せてくれた。そして、完結編にふさわしく、オールスターキャストがエンディングテーマにあわせて姿を見せるのは感動的だ。テーマ曲にどこか懐かしい歌謡曲のテイストがする歌が流れる。だが、この独特のミニマルミュージックのリズムは誰のアレンジだろう?喉から突いて出そうなほど、聞き覚えがある。エンドクレジットに詞・松本隆、曲・細野春臣と出ていて合点がいった。そうか!松田聖子「ピンクのモーツァルト」のリフレイン部分の記憶とシンクロしたんだ。ボーカルは中川翔子。今回もベストの三位一体だ。
posted by アスラン at 02:48| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画(2000年〜現在) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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