2009年11月19日

記憶の中の森繁久彌

 僕が小学生の頃、兄のステレオの横に置かれたレコードラックの中に、加藤登紀子の「知床旅情」のシングル盤があった。あれは誰が買ったのだろう。兄が買ったのかとずっと思っていたが、ひょっとするとあのレコードも、ステレオと一緒に親戚から譲り受けたものだったのかもしれない。子どもの頃から人一倍ミーハーで、かつ渋めな性格だったからか、この「知床旅情」はいたく気に入った。加藤登紀子の朗々と歌い上げる歌声に魅せられて、なんども繰り返し聴いた。そのシングル盤のジャケット裏に歌詞が書かれていて、作詞・作曲に森繁久彌とあったのを見て、とっても不思議な感じがした。有名な俳優がどうしてこんな良い曲を作れるのだろう、と。

 その当時から森繁久彌は子どもの僕にとってもおなじみの俳優で、どちらかというと映画俳優と言うよりも、テレビでよく見かける面白い役者という感じだった。一つには、土日の昼間に放映された日本映画の数々を毎週のように見る父親につきあってよく見ていたから、その中にたびたび姿を現す森繁久彌を映画俳優として意識する事がなかった。

 その頃の映画で何と言っても好きだったのは「社長シリーズ」だ。30本以上も作られた映画は、どれといって区別がつかない。森繁を中心に、毎回おなじみの出演者たちがそれぞれの役どころで同じような物語を繰り広げる。特に小林桂樹扮する堅物の秘書や、「パーッといきましょう」と宴会をもり立てる営業部長の三木のり平などとのお決まりの掛け合いが楽しかった。ドカーンと笑わせる一流のお笑い芸人たちを掌の中で軽くいなしてしまう森繁の円熟した笑いが洒落ていて、子どもながらに大好きだった。

 彼の真骨頂は、その後映画好きになってから東宝版「次郎長三国志」での森の石松にあると知ったのは、もちろんずいぶん後になってからだが、今でも森繁久彌と言うと思い出されるのはテレビ朝日で放映されたドラマ「だいこんの花」だろう。あれは、とにかく愉快でほろりと泣かせて、そしてあったかかった。もうホームドラマの模範と言える作品だった。向田邦子が脚本を書いていただけあって、ただ楽しいというだけでなく、どこか郷愁が感じられた。戦後を引きずって上官と部下という役どころを森繁と共演者が演じているところにペーソスがあった。

 追悼番組として「だいこんの花」が放映されたのを録画したので、とっても楽しみにしている。これをもう一度見ることで森繁さんを偲びたい。物語はもちろん楽しめるが、一番の見どころはエンディングでの一人息子役の竹脇無我との茶の間での掛け合いだ。この部分の森繁の台詞はアドリブだらけで、共演者さえもクスクス笑わされてしまっているのが伝わってきて、見ている僕らはとっても愉快だった。

 素晴らしい役者でした。ありがとう、森繁さん。
posted by アスラン at 02:10| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
すごく面白いブログですねっ!
これからも頑張って下さい!
Posted by お笑い芸人ランキング at 2009年11月19日 22:21
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