2010年12月13日

さようなら恵比寿ガーデンシネマ

 恵比寿ガーデンシネマが来年早々1月いっぱいで閉館するそうだ。

僕の映画館めぐりは2000年を境にしてほぼ休止状態なので、最近のガーデンシネマの活況はよく知らないのだが、すくなくともすでに六本木のシネヴィヴァンはなくなり、俳優座のシネマテンも当然ながらない状況で、恵比寿ガーデンシネマはミニシアターの先駆けとして、よく頑張った方かもしれない。

何しろ恵比寿という土地柄はそもそも映画とは無縁で、もっぱら新宿や渋谷に映画館は集中している。そこでしか見られないというスクリーン小さめで独特な配給体制をとるミニシアターだって、渋谷の文化村周辺に行けば、当時はいくつもあった。何も辺境の恵比寿のどんづまりでやる事はないだろうにと、映画好きにとっては当時うらめしかった映画館に違いない。

なにしろ、恵比寿ガーデンシネマはガーデンプレイスの奥の方にひっそりとたたずんで、映画フリークたちを待ち構えている。今は当たり前になった動く歩道がJR恵比寿駅から延々と続き、それをこらえきれずに高速で歩き飛ばすのがお約束のアプローチだった。

 このブログに掲載した当時の映画日記から恵比寿ガーデンシネマで観て書かれた文章を抜き出してみた。どれもこれも個性的で面白い映画だったように思う。実はガーデンシネマのオープニングを飾った ロバート・アルトマン監督作品の「ショート・カッツ」も観ているはずだが、感想を残しそこねた。あれほどゴージャスな偶像映画はなかなかお目にかかれない。そう、恵比寿ガーデンシネマは映画ファンにとって垂涎の「ゴージャスなごちそう」を提供し続けてくれたのだ。

どうもありがとう。お休みなさい。また、帰ってきてください。

「スウィンガーズ」(1997年9月14日(日))
 恵比寿ガーデンシネマで「スウィンガーズ」(no.31)を観る。

 この映画館で観るのはおととしの「スモーク」以来だ。日曜の2:00なので人出はずいぶんあるが予定の回は満席ではなかったので一安心。

 ハリウッドにやって来た無名のコメディアンのマークとその仲間の友情物語。マークは6年つきあった彼女に振られて失恋の痛手からなかなか立ち直れない。仲間は慰めるかのようにべガスに誘ったり、ビバリーヒルズのモデルのパーティーでのナンパに誘ったりする。

 せっかく女の子から電話番号を聞き出しても、最低3日は待てというアドバイスを無視して、その晩のうちに留守電に5度もかけて「2度とかけないで」なんて言われてしまう。

 哀しいくらい純情でロマンティストなマークに明るい明日は来るのだろうか。いや、それが来てしまうんだな、これが。

「マッド・ドックス」(1998年1月25日(日)) 
 食事後、恵比寿に移動。恵比寿ガーデンシネマで「マッド・ドックス」(no.12)を観る。

 ギャングの大ボスが精神病院から戻ってくる。彼のいない間に好き勝手やっていた子分やライバルたちは戦々恐々として彼を待ち受ける。ギャング映画だけれどブラックユーモアが強いコメディになっている。

 ギャングのボスがあのリチャード・ドレイファスだし、ボスの女に手を出してしまった男にジェフ・ゴールドブラムだ。その他出てくる人がアクの強い個性派俳優ばかり。

 ストーリやカメラワークはちょっと誇張がすぎるが、昔のハリウッド映画のようで面白い。

「スリング・ブレイド」(1998年1月31日(土))
 恵比寿ガーデンシネマで「スリング・ブレイド」(no.15)を観る。

 幼い頃、母親と不倫の相手とを鉈(スリング・ブレイド)で殺害して精神病院に収容されたカールは25年後に退院する。

 病院で穏やかな日々を過ごした彼は病院以外行く所がないが、知り合った少年フランクの家のガレージにすまわせてもらう。父の面影を求めて慕ってくるフランクと心を通いあわせるが、母親の恋人がひどい男でフランクやその母に暴力を振るうのを見兼ねて再び殺人を犯して病院に戻る。

 心の純粋さゆえに人を殺すクライマックスの緊張感、そして再び病院の単調で穏やかな日々。しかし窓の外を見つめる彼の心には、以前にはないあの親子の姿が刻まれている筈だ。

「ニル・バイ・マウス」(1998年2月21日(土))
 恵比寿ガーデンシネマで「ニル・バイ・マウス」(no.28)を観る。

 あの「レオン」「エアフォースワン」で強烈な悪役を演じたゲイリー・オールドマンが脚本・監督をした映画だ。

 ロンドンの下町で貧しい暮しをしている労働者階級の家族を描いている。夫は失業中でヤクと酒におぼれ、妊娠中の妻に乱暴して流産させてしまう。妻は家を飛び出すが、夫は妻を執拗に追い求める。

 ヘビーな内容だが後味は悪くない。レイ・ウインストン演じる夫はヤクこそやってはいるが、どん底の貧しい生活から抜け出す事が出来ず家族に温かい言葉もかけられない不器用な人間だと分かるからだ。自分の親父もパブに入り浸りで何一つ愛情を注いでくれなかった。そんな親父と同じ道をたどっている自分に嫌悪感を感じている。

 妻も元の鞘に戻る。これは愛情からなのか、行き場のないあきらめからなのか。

「エンド・オブ・バイオレンス」(1998年4月11日(土))
 恵比寿ガーデンシネマで「エンド・オブ・バイオレンス」(no.52)を観る。

 ヴィム・ヴェンダースの新作だ。

 1995年の「リスボン物語」でようやく初期の作品のような初々しさを取り戻したヴェンダースが今回選んだ舞台は大都市ロサンゼルス。人知れず忍び寄る都会の暴力がテーマだ。

 思えば「アメリカの友人」や「パリ・テキサス」など暴力の意味を問う作品をこれまでにも何本か撮っている。それも直接的な暴力シーンというより内面の恐怖、そしてそれが周囲の人々に与える影響を鋭くクールに描き出す。映画やTVが生み出す暴力シーンが人々の感覚を麻痺させている現状をシニカルに捉え、そこから人々の生き方を変えてしまうファクターをある意味では都会での必然とみている。都会人の愛と孤独こそが暴力を生み出す根源なのだ。

 俳優がどれもいい。「いい人」俳優ビル・プルマンと神経質そうなアンディ・マクダウェル、苦悩する孤独なガブリエル・バーン。極めつけはバーンの帰りを待ち続ける父親に、あの映画監督サミュエル・フラーだ。ラストにひたひたと暖かさが染みわたってくる映画だ。

「十二夜」(1998年5月24日(日))
 恵比寿ガーデンシネマで「十二夜」(no.73)を観る。

 シェークスピアの同名の喜劇の映画化。

 監督は数々のシェークスピア作品を手掛けてきた舞台演出家トレバー・ナンだ。

 双子の兄妹が海で遭難し離れ離れになる。妹ヴァイオラは兄の行方を求めて他国の公爵に仕えるため男装して小姓となる。男装ゆえ公爵からは愛されず、公爵が愛する令嬢(ヘレム・ボナム・カーター)からは愛を打ち明けられるという設定の可笑しさ。戯曲としての面白さを余さず映像化している。

 ヴァイオラを演じるのは「いつか晴れた日に」で主人公のカップルの恋路を阻むあざとい令嬢役に扮したイモジェン・スタッブス。今回は男装の女性をうまく演じていて似合っている。かえって女性に戻った時の印象の方が嫌味かもしれない。

カチンコ
 例のアカデミー賞受賞作「恋に落ちたシェークスピア」でグゥイネス・パウトロウが男装するアイディアは、本戯曲のヴァイオラのエピソードから取られている。あの作品は様々なシェークスピア作品からのアイディアの引用がある。そうだ。アッテンボローの「ガンジー」で主役を演じたベン・キングスレーが狂言回しの役を怪演している。ヘレム・ボナム・カーターのヴァイオラに女のサガをさらけ出して追い求める姿も喜劇らしくて楽しい。

1998年7月1日(水) 「ガタカ」
 創立記念日で半ドン。川崎から恵比寿に直行して昼食後、恵比寿ガーデンシネマで「ガタカ」(no.91)を観る。

 平日の昼間だが映画サービスデーと重なったので結構混んでいる。

 近未来では遺伝子操作が進み、優良な遺伝子から生み出された一部の人間のみがエリートとなり、その他の人間は不適格者として差別されている。心臓に欠陥を持つ不適格者ビンセントはエリートとして生き抜くため、企業や警察の眼を欺き続ける。適格者でありながら事故で半身不随になったユージーンは、自らの野心を満たすためにビンセントを自分の身代わりに仕立て上げようとする。

 「大いなる遺産」のイーサン・ホーク演じる強い意志とナイーブさが同居するビンセントと、「オスカー・ワイルド」のジュード・ロウ演じるコンプレックスと嫉妬に苛まれたユージーン。二人の奇妙な友情と嫉妬がぶつかり合う。

 身元を隠すために全身の皮膚を毎晩こすり落としたり、爪を削ったり、血液を指先に仕込んだりと、近未来の単調で無機質な世界に非常に肉体的なイメージを持ち込んでいて、人間とは何なのかの暗喩ともなっている。

 ただし近未来の描き方が多少紋切り型で面白みに欠ける。

「真夜中のサバナ」(1998年7月31日(金))
 昼食後、恵比寿に移動。恵比寿ガーデンシネマで「真夜中のサバナ」(no.113)を観る。

 アメリカでもっとも美しい町とうたわれたサバナで実際に起った殺人事件を描いている。サバナは観光名所となる古くて豪華な邸宅が立ち並び、そこに住む人々も奇妙で妖しげな魅力に満ちている。頭にアブを飼っている発明家、首輪だけの架空の犬を散歩させる男、若い男娼を邸宅に同居させている富豪の骨董商などなど。

 話は、富豪の愛人だった男娼が富豪宅で銃で撃たれて発見され、富豪が逮捕され裁判沙汰になるというもの。でも裁判物というより、サバナというまるで生き物のように妖しげに蠢く町を描き出した映画になっている。

 今回もクリント・イーストウッドはそつなく監督をこなしているが、どうもこれといって特徴のない映画になっている。本人が出ていないのも残念だ。

カチンコ
 いま思い出しても最後までピントが合わない映画だった。そもそも原作どおりを思わせるような現実感の乏しい特異な住人たち。「首輪だけの架空の犬」だとか「頭にアブを飼っている」だの、これが本当にサバナにいたのだと投げ掛けられても、ハイそうですかと納得しようもない。これが寓話の世界という描き方ならばおもしろがることもできたが実際にあった事件だという。つまり観光名所で有名でありながらどこか狂っている町サバナでの出来事というスタンスなのかもしれないが、そもそもサバナのイメージから乖離してしまっている日本の一観客には想像力の限界というものがあるのだ。

「地球は女で回ってる」(1998年12月12日(土))
 恵比寿ガーデンシネマで「地球は女で回ってる」(no.173)を観る。

 ウッディ・アレンの新作で原題が「Deconsturcting Harry」。「ハリーを脱構築(解体)する」という意味になるだろうか。

 パンフレットにいとうせいこうも書いているが、何故今頃になってポストモダンの現代思想のキーワードを使うのか不思議な感じだ。

 ウッディ・アレンはこれまでも私小説的な映画を撮ってきたが、この作品ではいっそう現実と虚構との距離が近づいている。私生活ではインテリだが女に弱く精神的に絶えずコンプレックスを抱えている事を売り物にして「マンハッタン」や「アニー・ホール」を送り出してきた。

 ダイアン・キートンやミア・ファローと次々に共演者をパートナーとしては別れ、その都度自らの私生活は作品へと昇華されていった。現在はミア・ファローとも別れて彼女の養女と再婚している。

 この作品でもそういった事情は妻の妹との不倫や、妻の患者との不倫、教え子との不倫などの本来あってはならない倫理的なタブーを侵すシーンに反映しているとも言える。しかしこの映画の最大の特徴は、言わば作家ウッディ・アレン自身を解体して、自らの作品を総ざらいしてしまうところにある。

 それは自らの作家生活を対象化して突き放す事でもあり、ある種の懺悔とも取れない事もない。と同時にこれまで積み上げてきたものに対する作家としての自負を示すかのように、書き上げた作品の中の登場人物が一同に会して作家を祝福するラストに、思わず「またもやウディ・アレンにしてやられた!」と観客はつぶやかざるを得ない。

 クリスマスのデコレーション満開で、サンタが愛想を振りまいているガーデンプレイスを後にして、新宿に移動して昼食。

「ロリータ」「セントラル・ステーション」(1999年5月3日(月))
 恵比寿ガーデンシネマで今日は一日過ごすつもり。中々来にくいところなので2本とも観てゆきたい。ガーデンプレイスのメイン広場では連休中の催しの大道芸で賑わっている。

 まずは始まったばかりの「ロリータ」(no.41)。

 ロリコンの語源となった小説の映画化。出版当時も今もスキャンダラスでありつづけるテーマを「ナインハーフ」「危険な情事」のエイドリアン・ラインが撮った。
 さぞかし刺激的な演出があるのかと思いきや、かなりオーソドックスな作風で、12歳のロリータに魅了され翻弄されて身を滅ぼしてゆく大学教授の顛末を描き出している。元々は教授の若き日に思い出として封じ込められた今は亡き少女の幻影をロリータに求めるところから悲劇は始まっていて、ジェレミー・アイアンズが恋に身を狂わす教授を見事に演じている。

 ロリータ演じるドミニク・スウェインは、歯に強制具をつけて微笑む演出が小悪魔的な子供らしさを感じさせるが、やはり原作より3歳年上の15歳とあって、二人の関係にあぶないものは感じられない。解説にもあったが原作どおりのイメージを映像化するのは今もって難しいテーマだと思う。

 恵比寿駅に戻って駅ビルで食事。連休中で食堂街も混みあっている。「動く歩道」も同様。なにしろ駅から遠い映画館だ。

 「セントラル・ステーション」(no.40)を観る。

 ブラジル映画。リオ・デ・ジャネイロの中央駅で、代筆業を営む女性ドーラ。彼女の元には様々な人々が思い思いの手紙を代筆してもらいにくる。しかし彼女はお金をもらって代わりに投函するといつわって持ち帰って送らずに棄てたりといいかげんな商売をしている。

 ある日来た母と少年は、出ていった父との復縁をせまる手紙を代筆するよう依頼したが、これもドーラは投函しない。やがて母は交通事故で死に駅には少年一人が取り残される。ドーラは罪の意識から少年の面倒を見て、やがて二人は別れた父を捜す旅に出る事になる。

 辛辣で情け容赦なかったドーラは、旅を続けるうちに少年と心を通わせ、どんどんどんどん少年がかけがえのない存在になってしまうところがせつない。

 少年が父と出会えば終わる旅なのに…。

「スモーク・シグナルズ」(1999年7月1日(木))
 創立記念日。去年と同じように12:00になるとすぐに退社し恵比寿に向かう。駅ビルの天麩羅屋で食事をとるのまで昨年と変わりない。

 恵比寿ガーデンシネマで「スモーク・シグナルズ」(no.65)を観る。

 ネイティブ・アメリカンの話で、予告を何度か観て期待していた作品だ。幼い頃に家族を捨てて出て行った父を許せないビクターは、遠い地で父が死んだことを知らされても会いに行こうとしない。

 幼馴染みのトーマスは幼い頃の火事で命を助けてくれた恩人であるためビクターの父を慕っている。しかもその火事で両親を失っているせいで父を憎んでいるビクターをうらやましくさえ思っている。トーマスの勧めでビクターはいやいやながらも二人で父の遺骸を引取りに旅立つ。それは二人にとって初めての居留地を出る旅でもある。

 もはやネイティブとしての尊厳を守ることが危うくなりつつある現代のインディアンの生活を背景にしながら、父親を尊敬できずに成長した主人公が、父の生き方を知り、自らの誇りを取り戻していく映画だ。思ってたより感動的ではなかったが、それでも味わいのある映画だった。子役の二人と青年の二人がよく似ているのがおかしい。

「クンドゥン」(1999年8月9日(月))
 恵比寿ガーデンシネマで「クンドゥン」(no.88)を観る。

 クンドゥンとは法王猊下の事。あのマーティン・スコセッシ監督が現ダライ・ラマを描いた映画だ。冒頭、チベットからはるばる遠い地方の一家を旅の僧数名が訪れる。亡くなったダライ・ラマ13世の生まれ変わりの子供を探しているのだ。

 この不思議なエピソードはベルトリッチの「リトル・ブッダ」ですでに馴染みのものだが、子供を前に法王が使っていためがねや杖といった日常品を二種類ずつ用意して、次々に子供が言い当ててゆき、最後に僧たちが笑顔で確信して頭を下げる。「クンドゥン!」と。
 感動的な冒頭から僕らは、チベットをやむなく去らざるをえなくなるまでのダライ・ラマの波乱な半生を追っていく事になる。

 スコセッシ監督は三人の幼年から青年までの俳優を使って、まるで「ラスト・エンペラー」のように緻密にダライ・ラマとその時代・環境を描き出している。

「I loveペッカー」「セレブリティ」(1999年11月3日(水))
 恵比寿ガーデンシネマに初回から出かけていったが、何故か混んでいる。祝日にしては混みすぎだなと思ったら、なんと今日は映画サービスデーでもあった。1000円で観られるので観客が多い。安いのはうれしいが予想外の混雑に戸惑う。

 まず「I loveペッカー」(no.112)(ジョン・ウォーターズ監督)を観る。

 かつてはインディペンデントの中でもかなりアングラな映画作りをして「ピンク・フラミンゴ」などカルト映画監督としてもてはやされた頃を思えば、ずいぶんと商業映画寄りの作品をつくるようになったものだと驚いた。

 もちろんインディペンデントのテイストは健在で、自分の生まれ故郷ボルチモアを舞台に奇妙で個性的で愛すべき登場人物を、コミカルでシニカルに描き出していく。エドワード・ファーロング扮する青年ペッカーが街なかをとり続けたスナップフォトがニューヨークで評価されて一躍有名人となるが、被写体にされた人々から総スカンを喰うはめになり大騒動になっていく。
非常に軽快なカメラワークとちょっと癖のあるストーリー運びで、ウォーターズ独特の楽しい映画となった。

 昼食はカフェ・コナファームでクラブハウスサンドイッチとアイスティーを取る。

 引き続いて「セレブリティ」(no.111)(ウッディ・アレン監督)を観る。

 セレブリティとは有名人の意味。主人公のケネス・ブラナー扮する売れない芸能記者は何をやってもうまくいかず、小説家をめざすといいながら書き上げてもいない。セレブリティになることだけを夢見て、芸能人を取材しながら自分を売り込もうとしている。ここらへんのドタバタを実際の有名人をいろいろと配置させて描いていく。

 ディカプリオ演じる乱交好きの若手スターというのも自身を演じているようでおかしいし、売れっ子の女優、モデルが多数でてくるだけでも楽しい。ただ知らない人も結構いるので本国人ほどは楽しめないだろう。心からげらげら笑えるというストーリーでもないのもやや不満だが、別れた妻のジュディ・デイヴィスが、主人公とは対照的に次第に売れっ子のレポーターになっていくのは面白い。

カチンコ
公開当時はまだ「セレブリティ」は耳慣れない言葉だった。当然ながらセレブという言葉は存在していない。
posted by アスラン at 19:48| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 記憶の映画を探して | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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