2005年05月14日

1999年10月10日(日) 「秘密」「ウェイクアップ!ネッド」

 有楽町で「秘密」(no.106)(滝田洋二郎監督)を観る。

 ベストセラーになった東野圭吾の同名の小説の映画化である。

 自動車事故で母娘が傷つき、死んでしまった母の心を持つ娘が生還する。父は動揺するが、これは果たして娘の精神がなせる技なのか、それとも本当に心が娘の肉体に入ってしまったのか。

 この題材はすでに北村薫の「スキップ」でおなじみだが、本作の方が現実にそうなってしまった場合の日常起こる問題を細かく描き込んでいる。

たとえば30過ぎのおばさんが、年頃の娘の体を借りて高校に通わなくてはならないギャップをどう埋めるかとか、帰ってきて家の中では夫の妻として炊事、洗濯をこなし、夫を待ち受けなければならない。性生活はどうするかというきわどい事までも役者・広末涼子の許せる限りに踏み込んで描いてみせた。

 このまま世間をいつわって生きる事がお互いに無理があると悟り、父と娘として生きていく事を決意して娘の結婚式を見送るシーンで終わる。なかなかよく出来ていて演出も抑制が効いていて感動的だ。

 しかしあざとい場面もある。生きていた頃の母が夫のあごに髭が残ってないか手で触れるシーンは、後に娘の心に母が入り込んでいる証として使われるが、最初から見え見えでわざとらしい。

 ラスト近くの灯台の近くのベンチで娘と父が夫婦として最後の別れをするシーンも、岸本加世子扮する母が実際に入れ替わるところも興ざめだ。せっかくそれまでビデオレターを使って、母と娘を使い分ける演出を見せたのに台無しになってしまう。情に訴えるのではなく、情感を湛えた演出でまとめてほしかった。

 銀座テアトル西友で「ウェイクアップ!ネッド(no.105)(カーク・ジョーンズ監督)を観る。

 アイルランドの小さな島の村タリーモア。12億円相当の宝くじに当たったネッドは感激のあまり、そのまま心臓発作であの世へ。友人ジャッキーはネコババをたくらみ、マイケルを身代わりにたてて調査員をだまそうとするが、やがてだましきれず村人52人全員をまきこんで山分けにする約束で村ぐるみでだまそうとするが...。

 この騒動を全編コミカルに描き、最後にはぐっと心にくる印象的なラストでしめる。心温まる映画だ。

カチンコ
女子高生の内面が中年の主婦になるという設定は似ているが、東野圭吾「秘密」と北村薫「スキップ」はほとんど似ていない。シチュエーションも違えばテーマも違う。好みから言うと「スキップ」の方が小説としては見事な出来映えだ。
posted by アスラン at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 大いなる遡行(1999年) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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