2013年05月31日

銀座テアトルシネマ、ゆく。

 良質な映画を銀座のはずれから提供し続けてきて、まるで同館にある(あった)劇場と同じような慎み深さでひっそりと華開いたミニシアター・銀座テアトルシネマ(旧・銀座テアトル西友)が、自らの生を全うしたかのようにひっそりと僕らと別れを告げる。

 銀座でミニシアターというと、まっさきにシャンテシネが思い浮かぶ。あそこで1990年から2000年の間に世界中の映画を見せてもらった。配給力が勝るからだろうか、豪腕のシャンテシネが公開した数々の映画はどれもこれも名だたる名作にのし上がった。しかしテアトル西友の前途は多難だった(ように思う)。なにしろ公開場所が有楽町近くではなく、僕ら映画フリークなどもシャンテシネやみゆき座やスバル座などで映画を一本みて、京橋近くのテアトル西友や歌舞伎座の向こうにあった松竹セントラルなどに遠征するのに骨が折れた。

 ただし日比谷(有楽町)に集中した映画館の喧噪から離れて、穴場的な立ち位置で落ち着いて上質の映画を見られるという雰囲気は悪くはなかった。あの頃のミニシアターに共通で、飲食に関してはひどく冷淡なのでロビーに用意された自動販売機がひどく物足りなかった記憶があった。それとは対照的に心遣いに独特なものが感じられたのは、立ち見客用に通路で腰掛けるためのクッションとか膝掛けを貸してくれたはずだ。僕は最前列中央の定位置を確保するのが常だったのでお世話になった事はなかったが、優しい映画館だなぁと思った。

 まあ、なぜそんな気遣いが必要だったかと言えば、時に大当たりする映画がかかるからだろうが、北野武の「HANA−BI」がペネチアで金獅子賞をとって凱旋興行となった時にはさぞかし混むだろうと心配して30分前に並ぶつもりで到着したらそうでもなくてホッとするとともに残念だった事を妙に覚えている。

 でも僕にとってのテアトルシネマ(テアトル西友)というのは、なんといってもひと夏の恋人を見つけたかのような経験、ウォン・カーウァイの「恋する惑星」との衝撃的な出会いを与えてくれた事につきるような気がする。1995年7月30日(日)、銀座マリオンの映画館(「丸の内ピカデリー1(*)」)でロン・ハワード監督の鳴り物入りの映画「アポロ13」を見た。ちょっと出足が遅れたのと夏休みということもあって立ち見を承知で入った。お立ち見になりますと言われても、一人ならなんとかなるだろうと入ったのだが、そのときは本当に立ち見で、映画館の側面の壁にもたれながら見たが、正直こんなCG優位のドラマを見させられるよりは、リアルタイムでテレビから流れたドキュメントの方が何十倍も感動させられたと白けていた。

 口直しになるかどうか、まったく期待してなかっただけに、カーウァイ監督のドラマの文法を無視したかのような若い男女たちの爽快な恋愛オムニバスにはまってしまった。この夏はこれで決まりでしょ。そう、思ったからこそ、夏休みのなんの予定もなく無為に過ごすことが許されたあの日々に、5回も連続して同じ映画を見て、フェイ・ウォンの透き通った歌声と、彼女の演技ならぬ笑顔を見に通い詰めたのだった。

今はカンヌ映画祭の審査員に収まっている河瀬直美監督がうみだした繊細で淡々と描かれた家族の物語「萌の朱雀」を見たのもここだった。

そしておそらく最後にみたのは2000年4月だと思うがアルモドバルの名作「オール・アバウト・マイ・マザー」だった。これは見終わった時に、名匠アンゲロプロス監督の「こうのとり、たちずさんで」に匹敵するかのような人間たちの物語だなぁと、温かな気分で帰るところだった。同じ狭いエレベーターに乗り合わせた大学生ぐらいの女子数人が不可解な表情で、そのうち一人が「おすぎにだまされたねぇ」と言いつつ、みんながどっと賛同していたのが印象的だった。当時おすぎがこの映画を大絶賛していてテレビでもCMで連呼していたのだった。僕は彼女たちには20年ぐらい早かったのかもしれないなぁと思いつつ、残念ではあるが、映画とはそういうものでもあると思った。もちろん、僕はおすぎの意見に異論はない。これがテアトルシネマが僕に与えてくれた最後の贈り物だったと思えば、どれだけ感謝してもあまりある映画館だった。
ありがとう。

1995年1月16日(月) 「アデルの恋の物語」(銀座テアトル西友)
1995年5月21日(日) 「白い馬」(銀座テアトル西友)
1995年7月30日(日) 「恋する惑星」(銀座テアトル西友)/「アポロ13」(丸の内ピカデリー1(*))
1995年8月6日(日) 「恋する惑星」(銀座テアトル西友)
1995年8月9日(水) 「恋する惑星」(銀座テアトル西友)/「ウォーターワールド」(日本劇場(*))
1995年8月12日(土) 「恋する惑星」(銀座テアトル西友)/「EAST MEETS WEST」(松竹セントラル)
1995年8月16日(水) 「恋する惑星」(銀座テアトル西友)
1995年8月19日(土) 「欲望の翼」(銀座テアトル西友)
1995年9月7日(木) 「8月の約束」(銀座テアトル西友)[ナイトショー]
1996年11月3日(月)「萌の朱雀」(銀座テアトル西友)
1998年10月11日(日) 「アイス・ストーム」(銀座テアトル西友)
1998年7月28日(火) 「ボンベイ」(銀座テアトル西友)
1998年7月12日(日) 「ビヨンド・サイレンス」(銀座テアトル西友)
1998年1月25日(日) 「HANA-BI」(銀座テアトル西友)
1999年3月21日(日) 「ガッジョ・ディーロ」(テアトル西友)/「ガールズナイト」(シネスイッチ銀座)
1999年4月3日(日) 「フェアリーテイル」(銀座テアトル西友)
1999年6月13日(日) 「メイド・イン・ホンコン」(銀座テアトル西友)
1999年8月11日(水) 「スカートの翼ひろげて」(銀座テアトル西友)/「運動靴と赤い金魚」(シネスイッチ銀座)
1999年10月?日 「ウェイクアップ!ネッド」(銀座テアトル西友)/「秘密」(日劇東宝(*))
2000年4月?日 「オール・アバウト・マイ・マザー」(銀座テアトル西友)


(注)本文の*印の上映館は、チャッPさんからの情報に基づいて修正しました。チャッPさん、ありがとうございます。
posted by アスラン at 19:57| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
自分は北海道在住なので、銀座の映画館には行ったことがありませんが、
どの劇場も配給会社のチェーンマスターなので憧れますね(笑)。

ちなみに「アポロ13」は銀座マリオン内の丸の内ピカデリー1で上映されてましたよ。
あと「ウォーターワールド」は日劇1(日本劇場)、「秘密」は日劇2(当時は日劇東宝)でした。
Posted by チャッP at 2013年06月01日 00:52
チャッPさん、コメントと貴重なご指摘ありがとうございます。(風邪をこじらせてしまい、返事が遅れてしまいました。)

上映館については、ご指摘を参考にして本文を修正しました。どうやったらわかるのでしょう?映画雑誌などの資料を手めくるとか?びっくりです。

東京生まれ・東京育ちなので、どうしても銀座・新宿・渋谷の映画館を巡る事が多かったですが、やはりなんと言っても地下鉄1本で出られる日比谷界隈の映画館に多く通いつめていました。

もちろん、配給のチェーンマスターだという意識は東京にいるとあまり感じてなかったと思いますが、映画ファン垂涎の環境にひたれた時期だったのだなと、改めて身の贅沢を思い知りました。
Posted by アスラン at 2013年06月10日 17:07
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