2005年06月21日

1999年3月6日(土) 「鳩の翼」「ムービー・デイズ」「ガメラ3・邪神<イリス>覚醒」

 渋谷のル・シネマで「鳩の翼」(no.19)を観る。

 19世紀後半の作家ヘンリー・ジェイムスの同名の小説の映画化。

 全く読んだ事がないがウィリアム・ワイラーの「女相続人」の原作者と知って納得した。あの話も人間の心の奥底にひそむ闇が描かれていたが、この映画も愛と背中合わせの憎しみ・嫉妬を残酷に描き出している。

 この映画が分かりにくいのは、ケイト(ヘレム・ボナム・カーター)が伯母に反抗できず恋人マートンとの恋をあきらめ、親友ミリー(アリソン・エリオット)とマートンとの仲立ちをかってでるのがミリーへの善意からのようにとりあえず描かれているからだろう。

 実は、不治の病で余命いくばくもないミリーの財産がマートンにころがりこむ事を計算しての事だとあとでわかるのだが、このアガサ・クリスティーばりのどんでん返しを明確に描くのではなく、曖昧なままでラストまで来るのでケイトの心情が最後まで納得出来ずに終ってしまう。

 「この森で、天使はバスを降りた」のアリソン・エリオットは予告で観た感じほどは違和感がなくコスチューム劇も出来る事を示した。
 ベニスの映像は文句なしに美しかった。

 ユーロスペースで「ムービー・デイズ」(no.18)を観る。

 アイスランドの監督フリドリクソンの作品。

 60年代のアイスランドの小さな町に様々なアメリカ文化が押し寄せてくる。監督自身が投影された少年トーマスは、家族で従姉妹が出演しているアメリカ映画を観に行ったり、テレビのある家を覗きに行ったり、騒がしくもあたたかな暮しをしている。

 一方で父の親戚の田舎は昔ながらの質素で素朴な生活を続けている。トーマスは夏休みに父の言いつけで田舎で過ごす事になる。町の中で落ち着きがなかった少年は田舎の生活に我慢がならなかったが、次第に慣れてたくましく成長してゆく。

 監督の私小説的なエピソードが面白おかしく語られていて、ちょっと変わったテイストの映画だ。ほのぼのだけでもなく、町や田舎が抱えるグロテスクな部分(共産党員や変質者など)をさりげなく描いている。

 新宿へ移動。新宿オデオン座で「ガメラ3・邪神<イリス>覚醒」(no.17)を観る。

 今回は、渋谷がギャオスとガメラとによって壊滅させられるので、ぜひ渋谷で観たかったが、初日の上映時間が変更になっていたため次回上映に間に合わずやむなく新宿で観る事にした。

 冒頭いきなり渋谷にガメラが飛来してギャオスとバトルを開始。次々におなじみのスポットがなぎ倒される臨場感はこのシリーズ最高の出来。
 逆に、ストーリは第一作「大怪獣空中決戦」のような明快さに欠け分かりにくい。

 ガメラに両親を殺されて復讐を誓う少女・前田愛のエピソードを核にしてガメラの存在理由を「地球の生態系保護」に見いだすところはなかなか面白いけれど、日本の古い伝承や超自然現象マナなどと関連づけるのは取って付けたようで余分な感じがする。

 1時間48分としてはかなり盛り込みすぎの感は否めないが、完結編というだけあって見応えはあったし、ラストの「ガメラvs.ギャオスの大群」シーンは怪獣映画としてはかつてないほどのハードボイルドな結末となった。
posted by アスラン at 00:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 大いなる遡行(1999年) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。