2005年10月16日

祝・TVドラマ「エラリー・クイーン」放映決定!

 ようやくCSミステリーチャンネルのサイトに簡単なお知らせが載ったので、もう解禁とみていいだろう。
(2005/9/04に書いた記事です。すでにクイーン特集番組が放映されたはずです。)

 あの知る人ぞ知る海外ドラマ「エラリー・クイーン」がついに10月からCSで放映されます。といってもCS見られないので、会社の友人に頼んで友人はさらにCS視聴している友人に頼んで録画する算段をつけました。いやぁ、これで見られると思うと感無量!

 もちろん今回が初見ではない。1978年9月20日1:05AM.放送開始という当時としては異例の深夜枠での放送を、毎週今か今かと高校生の僕は待ちかまえていたのだった。

 何故こんなにも詳細な日付が言えるかというと、ミステリーファンというよりクイーンファンであった高校生の僕はなんとあまりの興奮からか、ドラマの内容を毎週書き残そうとしていたのだ。初回は始まる一時間前にノートに「序」まで書いてしまい、エラリー・クイーンの作品との出会いから書き始めて、こんな文句で結んでいる。

 ここに、世紀のイベント、テレビムービー「エラリークイーン」が始まることに、私は盛大なる喝采を送ることを惜しまない。又、深夜1時といういかんなる時間帯ではあるが、企画を組んだ、局に感謝の辞をおくるものである。−昭和53年9月20日12:00−


 12;00は午前零時の間違いだ。局に感謝するなど偉そうに何様だと今の僕は高校生の自分につっこみを入れたいところだが、まあそれほど嬉しかったわけだ。

 さきほどのミステリーチャンネルのお知らせを見ると「1976 Universal City Studios LLLP」の文字が見える。アメリカNBCで放映されてから2年後に日本で放映されているから、当時としてはかなり力を入れて放映していたのだと、今さら気づいた。

 何しろビデオが庶民に不朽するのはまだまだ先の事。当時は本放送をみるしかなく、しかも深夜1時というのは今のように普通の高校生が夜更かしして見られるような時間ではなかったから、かなり苦労して家族が寝静まったのを確認してからそっと居間のテレビだけをつけて見ていた。だから正直この時間帯の放映は恨めしかった。同じミステリードラマの「刑事コロンボ」と比べると片やNHKの土曜のゴールデンタイムだから、扱いが悪いなぁと思ったものだ。

 ちなみにプロデューサーは「コロンボ」と同じ、リチャード・レビンソン&ウィリアム・リンクの二人。放送が始まって、時代背景の古さやキャスティングの地味さから「コロンボ」よりも前に作られた海外ドラマだと今の今まで勘違いしていた。逆に「コロンボ」のヒットで乗りに乗っていた彼らが原作の雰囲気をそのまま再現した1940年代のニューヨークが舞台のドラマだったわけだ。

 クイーン役はジム・ハットン。実の息子が「普通の人々」「タップス」などで後に映画俳優として名をなしたティモシー・ハットン。最近では「探偵ネロ・ウルフ」でウルフの片腕役を演じている。お父さんのジム・ハットン演じるエラリーは、原作のインテリでニューヨーク育ちのヤンキーというイメージとはほど遠く、線の細い気のいい兄ちゃんといった風貌で少々肩すかしをくらった。それにひきかえクイーン警視の方は原作通りの頑固でタフだが息子に甘いという父親像そのものだった。

 ちょっと面白いのは、このシリーズで推理を競う推理小説家ブルマーというライバルがちょくちょく登場する。何が面白いってその風貌である。ハヤカワポケットミステリーを読み慣れている人ならすぐにピンとくるはずだ。誰あろうディクスン・カーその人にそっくりだから。クイーンとカーはアメリカを代表する本格推理作家の巨匠だし、活躍した年代も同じ。実際に交流もあったから、これはとっても楽しい趣向だった。

 最初に当時の僕はドラマの内容を書き留めていたと書いたが、全作放映されていれば24本ある。だから24本のあらすじが残っているはずだが、残念ながら第6話までしか書き留めていない。何故残ってないかまったく記憶にない。全放映を見たのかどうかも覚えがない。やはり受験を控えた高校生には厳しかったのかもしれない。

 なにしろ修学旅行に出かける前日(いや正確には当日だ)にも見てしまい、一日目の電車も、移動のバスもほとんど眠っていた。おまけにバス酔いしてしまい、着いたホテルの夕食で出たきりたんぽ鍋(行き先は青森・十和田だった)がほとんど食べられず、さんざんだった。

 ついでに言うと、帰りは青森発の寝台車だったが、僕は友人相手にクイーンの短編のネタを話しては謎解きをせまるという遊びに興じて夜を明かした。当然ながら行きも帰りも冴えない顔つきの写真しか残っていない。

 さて本編だが、「コロンボ」のような犯人を追いつめているドラマの面白さとは対照的に、純粋にパズルミステリーの面白さを中心に据えて最後にクイーンの国名シリーズよろしく「読者への挑戦」ならぬ「視聴者への挑戦」を挿入するといった、お遊びに満ちた作品だった。

 だからと言ってはなんだが深みのあるミステリーを期待すると肩すかしを食う。パズル(謎解き)がメインなので、人間ドラマはほとんどない。そうだ、コナンや金田一少年のようなミステリーアニメの原点だと思ってもらえばいいかもしれない。

 以下、本放送の第一話を採録する。
 解決編も載せるが念のため、ネタばれしないように配慮するのでご注意を!


第1話「蛍の光の冒険」

大晦日も大詰め。あと2時間で新年を迎えようというころ、ブロードウェイのアスタービル26階でリチャード警視はエラリーを待っていた。別の席では、大金持ちのマーカム(Mercom)を中心に、息子のフレッド(Fred)、その婚約者のベティ(Betty)、マーカムの甥クインシー(Quency)、共同経営者のベイカー(Backer)、秘書のゼルマン(Zelman)と婚約者マイク(Mike)が座っていた。マーカムは他の者に自分の遺産を相続させないと断言して席を立った。

 その15分後、マーカムは電話室で倒れて死んでいた。電話はかけた途中であった。相手というのが、なんと葬儀屋であり、しかも彼はマーカムをまったく知らないし、同席していた者たちにも、その葬儀屋に面識のある者はいなかった。マーカムは声帯ごと首を切られ、声が出せなかった。そして、死ぬ間際に葬儀屋へ電話したらしい。

 エラリーが着いた。彼は、すぐにも解決を導いた。まず、来た早々上記の同席者たちと、葬儀屋の男を前にして、その葬儀屋の電話をかけた。エラリーは葬儀屋の電話番号を知らなかったが見当はついたと言うのである。

 さて誰が犯人か?そして何故エラリーは葬儀屋の電話番号がわかったのか?

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* 以下、ネタばれします。ご注意を!*
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(解決編)

 「何故、マーカムは葬儀屋に電話をかけたのか?」

 つまり、マーカムは犯人に首を切られ声が出せなかった。そこで犯人を示すものをとっさに思いついた。それが電話番号だった。マーカムは電話番号で犯人の名前を示したのだ。

 電話番号は6桁である。よって犯人の名前も6文字でなければならない。クインシーとベイカーとゼルマンがそうだ。ところが電話にはQの字はない。よってクインシーではない。

 次に最初にZを回すと、交換台が出てしまう。よってゼルマンでもない。

 つまりは、B-A-C-K-E-R、ベイカーが犯人であった。

(感想)

 これはアメリカの電話番号の形式を知らないと解けない。アメリカの電話の番号ひとつひとつは数字と同時にアルファベットを表わす。たとえば1=A、2=Q、3=Bとか。日常の物を使ったエラリーの巧妙なアイディアである。なかなか面白い。

(採点)
70点(アメリカの電話番号という点で日本人にはハンディーがあったから)
(「カンガルーは荒野を夢見る」2005/09/04記事より転載)
posted by アスラン at 00:26| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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