2011年05月31日

続・僕は「相棒」をどれだけ見てきたか?

 2009年10月21日の時点で、僕は、シーズン1〜シーズン7までの「相棒」130本のうち、約61%ぐらいを見ていた。そのときも書いたが、「遅れてきた相棒ファン」なので一昨年(2007年)には存在を知っていながら、まったくの関心を示さなかった。どうやらそこらにある普通の刑事ドラマの一つに過ぎないと思っていたからだ。

 ミステリー好きを自認していながら、なんたるうかつなことだろうか。あまたある刑事ドラマとしても、そして2時間物のサスペンスドラマなどを含めてもTVドラマのミステリーとしても、ほぼ最高峰の内容を誇る作品を、僕はいったい何年無視してきたのだろう。単発ドラマとして始まったシーズン1は別にしても、シーズン2は2003年には始まっているから、4〜5年は放置していたわけだ。子育てに追われていた時期だったからやむを得ないにしても、「相棒」のなんたるかを知ってからというもの、テレ朝やBS朝日で再放送をやるたびに、こまめにHDDレコーダーに録画しては見直している。そのうち100%視聴済みになることを目指してだ。

 その甲斐あって、シーズン8もシーズン9も、何本かのとりこぼしはあるにしても、ほぼ順調に見ている。あとは、過去の取りこぼしをどうやって拾っていこうかという点だ。必要ならばレンタルしてもいいのだが、幸い「相棒」は最新シリーズも好評なため、昼過ぎの再放送の時間帯で繰り返し過去のシリーズを再放送してくれる。ちょうど今もシーズン1あるいはシーズン2から始まって毎日2本ずつ再放送をしてくれている。これによって取りこぼしがかなり減った。

 とともに、「100%視聴」は夢に終わるという事も知った。なんとシーズン3に1本だけ欠番のドラマがあるのだ。毎日の録画でも番号が抜けているのでおかしいなとは思ったのだが、どうやらクレームがついた作品でテレビで放映しないだけでなく、セルDVDにも収録されていないらしい。つまりはクレームが付く前の本放送を見た人だけが知っている「知る人ぞ知る」作品となってしまった。相棒ファンともなれば、機会があれば見たくなるのは道理だが、それでなくても見るべき対象は一杯ある。ここは潔く諦めて99%視聴を目指すこととしよう。

 シーズン8(全19話),シーズン9(全18話)なので、全部で

130+19+18=167話

が新たな分母となる。
それに対して、前回の記事で116話まで見ている。新たに加わったのは40本だから、今日現在で156話を見終わった。つまり、

156/167*100 = 156話/167話 = 93.4%(2011/5/31現在)


という事になる。

 残りは11本。ひょっとするともう少し見終えているのかもしれないが、あらすじをウェブで探して読んでみても、登場人物の名前と顔をじっとにらんでも思い出せない。こんなに思い出せないのだから見てないのだろう。見てあったとしても思い出せないのだから、見てないのと同じだ。となると、もうテレ朝の再放送では落ち穂拾いにならないということか。確か、BS朝日の方でシーズン8の再放送をやっていたはず。そちらも録画しないと。

 いや、言い間違いではない。「そちらを録画しないと」ではなく「そちらも録画しないと」だ。今やっているテレ朝の再放送の録画はやはりやめられない。何度見ても面白いものは面白いからだ。特に長門裕之さんがお亡くなりになった今となっては、彼の演じる「閣下」の回は見逃せない。シーズン4第一話「閣下の城」だ。驚いた…。田中実さんも出演しているではないか。では、なおさらこの再放送をお二人のお弔いとして、心待ちにするとしよう。

[Season 1]

第1話 警視総監室にダイナマイト男が乱入! 刑事が人質に!!犯罪の影に女あり…
○第2話 教授夫人とその愛人
第3話 秘密の元アイドル妻
第9話 人間消失

[Season 2]

第6話 殺してくれとアイツは言った
第9話 少年と金貨
○第14話 氷女
第17話 同時多発誘拐〜消えた16人の子供達

[Season 3]

(欠番)第7話 夢を喰う女
○第8話 誘拐協奏曲
○第14話 薔薇と口紅
○第16話 人間爆弾

[Season 4]

○第11話 汚れある悪戯〜史上最大の誘拐事件

[Season 5]


[Season 6]


[Season 7]

○第3話 沈黙のカナリア
○第7話 最後の砦

[Season 8]

○第1話 カナリアの娘
○第2話 さよなら、バードランド
○第3話 ミス・グリーンの秘密
○第4話 錯覚の殺人
○第5話 背信の徒花
第6話 フェンスの町で 森田直幸、阪本奨悟、仁藤優子 福田健一 東伸児 2009年11月25日 18.0%
○第7話 鶏と牛刀
○第8話 消えた乗客
○第9話 仮釈放
○第10話 特命係、西へ!
第11話 願い 黒田福美 太田愛 安養寺工 2010年1月13日 15.7%
第12話 SPY 美木良介、小嶺麗奈、芦川誠 櫻井武晴 近藤俊明 2010年1月20日 17.2%
第13話 マジック 中村有志、クノ真季子 ブラジリィー・アン・山田 東伸児 2010年1月27日 17.1%
○第14話 堕ちた偶像
○第15話 狙われた刑事
○第16話 隠されていた顔
○第17話 怪しい隣人
○第18話 右京、風邪をひく
○最終話 神の憂鬱

[Season 9]
○第1話 顔のない男
○第2話 顔のない男〜贖罪
○第3話 最後のアトリエ
○第4話 過渡期
○第5話 運命の女性
○第6話 暴発
○第7話 9時から10時まで
第8話 ボーダーライン 山本浩司 櫻井武晴 橋本一 2010年12月15日 21.2%
○第9話 予兆
○第10話 聖戦
○第11話 死に過ぎた男
○第12話 招かれざる客
○第13話 通報者
○第14話 右京のスーツ
○第15話 もがり笛
○第16話 監察対象
○第17話 陣川警部補の活躍
○最終話 亡霊
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2009年12月21日

NHKスペシャル「数学者はキノコ狩りの夢を見る〜ポアンカレ予想・100年の格闘」(2009年12月20日視聴)

 ポアンカレ予想が解けるまでの顛末を描いたドキュメンタリー。ナレーターが俳優の小倉久寛で、これは先日見た「リーマン予想」に関するドキュメンタリー「魔性の難問〜リーマン予想・天才たちの闘い〜」と全く同じだ。おそらくはスタッフも同じなのだからかもしれないが、展開まで双子と言っていいほどに似ている。

 まず難問と言われる「予想」があり、多くの数学者たちを悩ませ、少なからぬ天才数学者たちの人生を狂わせる。そして、やがては真の解決に辿り着く唯一の勝者が現れる。もちろん勝者にも苦難に満ちた人生があり、ドラマがあり、それをついに乗り越えた感動がある。となれば、「フェルマーの最終定理」や「リーマン予想」の時となんら展開が変わることがないので、定理そのものが取り替え可能な物語として新鮮味も薄れるというものだが、こと「ポアンカレ予想」に関する限りは、エンディングで読者(視聴者)の予想を大きく裏切る事になる。

 それは1時間50分の長尺のドキュメンタリーのラスト20分ぐらいで描かれることとなる。ペルリマン。旧ソビエトに生まれ、ロシアに生まれ変わってから数学者として世に出るためにアメリカ合衆国にやってきて、ついには「ポアンカレ予想」と出会う。前半では、トポロジーという革新的な数学が、従来の微積分を主流とした数学を凌駕する時代状況が描かれたのに対して、ペリルマン自身はポアンカレ予想を微積分の応用問題として取り組み、人々がトポロジーの熱からさめやらぬうちに、意表を突く形で解いてしまった。

 最後に人前で講演をした際に、誰もペルリマンのテクニックを理解できなかったというエピソードは、この「ポアンカレ予想」の歴史を彩るクライマックスとなった。

 ところが、その証明の華々しさの前後に来るはずの、人間・ペルリマン自身のドラマは、番組からは完全に欠落してしまう。なぜなら彼は数学界のノーベル賞と言われるフィールズ賞受賞を辞退し、表舞台から完全に姿を消してしまったからだ。番組のタイトルは、「森でキノコ狩りをした姿を見かけた」という噂をもとにつけられた。

 彼の論文は通常のような学会誌への投稿という形ではなく、インターネットで流布される形で、静かに広まった。決して意を決して「世に問う」と言った意気込みも野心も感じられない。ただし、番組では、あれほど快活な性格だったペルリマンが、アメリカ在住時代、ちょうど「ポアンカレ予想」あるいはそれを解く鍵となる「幾何化予想」と出会った頃から人を遠ざけるようになったと、簡単に触れている。そこに僕らは、ペルリマンの見た「ポアンカレ予想」にまつわる闇を想像するしかない。
posted by アスラン at 19:38| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | TVダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月30日

ブラタモリ(NHK)

 この秋になって「空から日本をみてみよう」と「ブラタモリ」と、僕の好きな散歩番組が相次いで始まった。これは偶然なのだろうか。いや、昨今の歴史ブームから、もう一度「都市としての東京(あるいは大都会)」を見直してみようという事だろう。ただ単にあるものをそのまま見るのではなく、トータルな都市として見る。あるいは歴史の堆積として見る。これは都市をコード(言語)として見る、一種の言語論だ。だが、そんな理屈はどうでもいい。ただ、僕にとっては「ぶらり途中下車の旅」や「ちい散歩」タイプの散策番組では物足りない部分を補ってくれる番組の出現に、拍手を送りたい。

 とくに「ブラタモリ」が面白い。以前から、タモリが古地図好きで、都市の過去の姿と現在の姿を重ね合わせて、何事かを語れる人間である事はなんとなく知っていた。「タモリ倶楽部」では鉄道マニアとしての知識を開陳するだけでなく、川沿いを探索して江戸の痕跡を探り当てていく趣向に感心していた。こんな番組を平気でさらっと企画してしまうのは、今のところタモリをおいてはいないのではないか。そのタモリの余技に目をつけたNHKが、エンターテイメント番組にしてしまうとは思わなかった。なかなか素晴らしい着想だ。

 タモリは番組の中でさかんに「坂道は昔とほぼ姿を変えていない」と繰り返し言うのだが、何故そう断言できるのか不思議だった。坂道を頼りに、古地図と今の地図を重ね合わせて探索すると、確かに坂道は昔から今の位置に変わらずある事が多いのだ。その意味を今ひとつ理解しかねたのだが、タモリが出している「タモリのTOKYO坂道美学入門」を最近借りて読んでみると、本当に坂道の場所は今と全くと言っていいほど姿を変えていないのに驚かされる。

 よくよく考えれば、坂は高低差がある土地に生まれ、そこの尾根伝いに作られる。高低を切り崩す事はそうそうできるわけはないので、坂道の位置もおのずと変化しない。平地は区画ごと変貌してしまう事が時としてあり得るが、坂は変わらない。変えられないといった方が正しいか。そこが何とも面白い。

 あとは想像力の問題だ。東京には、至る所に歴史がごろごろしている。アシスタントにわざと物を知らなそうな若い女子アナを添わせるのは、タモリを引っ張り出してきたプロデューサーの戦略が感じられる。
posted by アスラン at 03:02| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | TVダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月25日

NHKスペシャル「魔性の難問〜リーマン予想・天才たちの闘い〜」(2009年11月25日視聴)

 深夜。かなり遅めの食事をとり、翌日の夕食の支度をすまそうと冷蔵庫を開けると、用意されているはずの宅配会社の食材が見あたらない。レシピを見ると、「さけのコロコロステーキ」の食材がなくてはならない。影も形もない。ママが注文しそこなったようだ。あれまぁ。

 おもわぬ時間の余裕ができたので、とっとと寝ればよかったのに、DVDレコーダーの録画番組の整理をしないと残時間が尽きてしまうと思い立って、寝かしつけた息子を横目にしながら、居間のテレビとレコーダーのスイッチをつける。

 NHKスペシャルが2本、どちらも数学関連のドキュメンタリー。これは意図的な企画なのだろう。どちらも、ある「予想」にまつわるストーリーだ。「リーマン予想」と「ポアンカレ予想」。どちらも耳にしたり目にしたりはするが、その内容はと言うと、ほぼ知らないと言っていい。

 実はうとうとしながら「魔性の難問」を見ていたので、何度もエンドタイトルを見てはテープを、いやHDを巻き戻し、繰り返し再生した。ようやく見終わってからもう一本の冒頭も見て、電源を落として寝た。「ポアンカレ予想」は宇宙の形に関する予想らしい。つまり、同じ「予想」と言っても、かたや数学の問題、かたや宇宙(天文学・物理学)の問題だ。

 「予想」という言葉は、証明されていない、科学者(数学者)の直感のようなもので、証明されないかぎり定理にはならない。ただし、どう調べてもそうなりそうだという科学者(数学者)たちの合意が形成された、特定の直感というべきなのだろう。

 「フェルマーの最終定理」が証明された事が話題になったが、あれも実は定理とは本来呼べない。フェルマーが「私は証明した」と書き残したために定理に格上げされているが、証明は書かれていなかったからだ。イギリスの数学者ワイルズが300年後に証明するに至って、名実ともにようやく定理になったわけだ。

 では「リーマン予想」とは何かと言えば、これまた難しい話が山ほどでてきそうだ。ただし番組では、僕ら素人にも興味が持てて理解可能な部分にだけ焦点をあてて、さらっと説明している(のだと思う)。

 そもそもオイラーが整数論の中で注目した素数に関するさまざまな謎に対して、ひとつの道筋を与えたのがリーマンだった。素数は誰もが知っているように、何の規則性もなくランダムに出現する、きわめて特徴的な数だ。オイラーの「素数階段」では、どこまで行っても素数の法則などみつかりそうにない。この性質を応用して、コンピューターシステムのセキュリティーに「非常に大きな素数」が使われている事は、僕にも理解できる。きわめて大きな素数を暗号キーに用いると、世界最速のスーパーコンピューターで計算したとしても、解読に数百年はかかると言われている。

 さて、この素数を入力として「ゼータ関数」という函に通してみると「出力する数値のグラフは一直線上に並ぶ」というリーマンの直感こそが「リーマン予想」に他ならない。ここでゼータ関数がどんなものなのかは、素人である僕らは一切知る必要はない。なんの法則も見いだせなかった素数が、一定の操作をするだけで整然と一列に並んでしまうというところだけが重要なのだから。これが解ければ、素数の意味だけでなく、宇宙を支配する原理さえも見えてくるかもしれない。そんな壮大なロマンを秘めている。

 しかし、数学的なロマンを夢想するのはここまでで、このあとは「リーマン予想」にまつわる人間ドラマ、あるいは悲劇を描く事が主眼となる。「リーマン予想」に生涯をかけた天才数学者たちの何人もが、あえなく挫折し、ある者は人生そのものを狂わせてしまう。ワイルズのように最後に証明できれば「めでたしめでたし」なのだが、いまだに証明には至らず、あまりの挫折感から「リーマン予想が間違っている」と晩年に言い続けた数学者もいる。このことがその後の研究の足かせになったらしいが、まったくのところ痛ましいとしか言いようがない。

 ドラマは50分の中で駆け足で人間ドラマを浚っていったので、感動するまでにはいかないが、「リーマン予想」の面白さを僕に教えてくれるには十分だった。さっそく図書館で検索すると、「素数に憑かれた人たち」(ジョン・ダービーシャー)が見つかる。これでも読んで、もっと「リーマン予想」を味わいつくそうか。
posted by アスラン at 12:54| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | TVダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月21日

僕は「相棒」をどれだけ見てきたか?

116/130*100 = 116話/130話 = 89.2%(2009/11/5現在)


 このファーストシーズン最終話には、長門弘之扮する「閣下」が初めて登場する。このシリーズで常連になるキャラクターはいずれもアクの強い個性的な人物ばかりだが、その中でもとびきり個性的なのが「閣下」だ。再登場の話の方を先に見たので、今回の悪辣ぶりを踏まえて再登場の話の方をまた見たくなった。これで116話。

○最終話 特命係、最後の事件

115/130*100 = 115話/130話 = 88.5%(2009/10/30現在)


 昨夜、遅い夕食を食べてそのままキッチンの椅子に座ったまま眠りこけ、起きて即座に布団を敷いたら目が覚めてきてしまい、そのまま眠るのも惜しいので、ついDVDレコーダーを立ち上げてしまいました。
○第7話 消えた死体
○第8話 命の値段
 これで115本。

113/130*100 = 113話/130話 = 86.9%(2009/10/28現在)


 昨夜、シーズン2の2本を遅い夕食を食べながら見てしまった。
○第10話 殺意あり
○第11話 秘書がやりました
 これで、113本。

111/130*100 = 111話/130話 = 85.4%(2009/10/27現在)


 あれから突然、こんなに見まくったわけではない。ちゃんと公式サイトのあらすじと照らし合わしたら、111話に到達した。これでなんと4分の3は見ている事になる。シーズン8が始まってしまって、分母は130話から132話に増えてしまったが、とりあえず過去シーズンをつぶす事が重要だ。

79/(79+51)*100 = 79話/130話 = 60.8%(2009/10/21現在)


 現時点(2009/10/21)で、ようやく60%の大台(何が大台だ?)にのってきた。テレビ朝日のドラマ「相棒」の視聴済みのパーセンテージだ。つい一年前には、ほとんど見ていなかったわけだから、かなり追いついてきたのではないだろうか。

 以前にどこかで書いたのだが、水谷豊主演の作品が僕的にはハズレという時期が続いていたので、この「相棒」も世間では話題になって久しいというのに、一向に触手が伸びなかった。まあ、何をいまさらと、ずっと見てきた方からは呆れられてしまうだろうが、これほどミステリーファンをうならせ、同時に連続ドラマとしても人間関係や過去と現在の繋がりを複雑にからませ、さらには絶えず現代社会における諸問題を繰り入れて、厳しい社会批評も怠らない、いろんな要素が詰まったドラマだと、この一年で十分に体感してきた。

 幸いな事に、僕が見出した頃にドラマが映画化され、しかも地上波だけではなくBSデジタルを視聴できる環境が整った(DVDレコーダーを買い換えたから)ので、テレビ朝日系列の番組表に絶えず注意を払えば、僕のように遅れてきたファンにも十分に挽回の機会が与えられる。

 そうこうしているうちに、いったい自分は、この秋にシーズン8が放送開始されている、この連続ドラマをどれくらい見たのだろうか、前々から気になっていた。そこでwikiから作品リストを拝借してチェックを付けてみた結果が、さきほどの60%越えだ。ただし、タイトルと出演陣からだけでは記憶が呼び覚まされないものが数本あるような気がするが、まあ誤差の範囲だ。

 シーズン8が新しい相棒を迎えて始まった。とりあえずはこちらも視野に入れつつ、まだ見ぬ過去作品をつぶしていきたい。おーい、テレビ朝日さん、これからも再放送をまんべんなくよろしくお願いしま〜す。

[Season 1]

第1話 警視総監室にダイナマイト男が乱入! 刑事が人質に!!犯罪の影に女あり…
第2話 教授夫人とその愛人
第3話 秘密の元アイドル妻
○第4話 下着泥棒と生きていた死体
○第5話 目撃者
○第6話 死んだ詐欺師と女美術館長の指紋
○第7話 殺しのカクテル
○第8話 仮面の告白
第9話 人間消失
○第10話 最後の灯り
○第11話 右京撃たれる〜特命係15年目の真実
○最終話 特命係、最後の事件

[Season 2]

○第1話 ロンドンからの帰還〜ベラドンナの赤い罠
○第2話 特命係復活
○第3話 殺人晩餐会
○第4話 消える銃弾
○第5話 蜘蛛女の恋
第6話 殺してくれとアイツは言った
○第7話 消えた死体
○第8話 命の値段
第9話 少年と金貨
○第10話 殺意あり
○第11話 秘書がやりました
○第12話 クイズ王
○第13話 神隠し
第14話 氷女
○第15話 雪原の殺意
○第16話 白い罠
第17話 同時多発誘拐〜消えた16人の子供達
○第18話 ピルイーター
○第19話 器物誘拐
○第20話 二分の一の殺意
○最終話 私刑〜生きていた死刑囚と赤いベルの女

[Season 3]

○第1話 双頭の悪魔
○第2話 双頭の悪魔II〜堕天使
○第3話 双頭の悪魔III〜悪徳の連鎖
○第4話 女優〜前編〜
○第5話 女優〜後編〜
○第6話 第三の男
第7話 夢を喰う女
第8話 誘拐協奏曲
○第9話 潜入捜査〜私の彼を探して!
○第10話 ゴースト〜殺意のワイン
○第11話 ありふれた殺人
○第12話 予告殺人
○第13話 警官殺し
第14話 薔薇と口紅
○第15話 殺しのピアノ
第16話 人間爆弾
○第17話 書き直す女
○第18話 大統領の陰謀
○最終話 異形の寺

[Season 4]

○第1話 閣下の城
○第2話 殺人講義
○第3話 黒衣の花嫁
○第4話 密やかな連続殺人
○第5話 悪魔の囁き
○第6話 殺人ヒーター
○第7話 波紋
○第8話 監禁
○第9話 冤罪
○第10話 殺人生中継
第11話 汚れある悪戯〜史上最大の誘拐事件
○第12話 緑の殺意
○第13話 最後の着信
○第14話 アゲハ蝶
○第15話 殺人セレブ
○第16話 天才の系譜
○第17話 告発の行方
○第18話 節約殺人
○第19話 ついてない女
○第20話 7人の容疑者
○最終話 桜田門内の変

[Season 5]

○第1話 杉下右京 最初の事件〜22年前の夜の秘密
○第2話 スウィートホーム
○第3話 犯人はスズキ
○第4話 せんみつ
○第5話 悪魔への復讐殺人
○第6話 ツキナシ
○第7話 剣聖
○第8話 赤いリボンと刑事
○第9話 殺人ワインセラー
○第10話 名探偵登場
○第11話 バベルの塔〜史上最悪のカウントダウン!
○第12話 狼の行方
○第13話 Wの悲喜劇
○第14話 貢ぐ女
○第15話 裏切者
○第16話 イエスタデイ
○第17話 女王の宮殿
○第18話 殺人の資格
○第19話 殺人シネマ
○最終話[9] サザンカの咲く頃

[Season 6]

○第1話 複眼の法廷
○第2話 陣川警部補の災難
○第3話 蟷螂たちの幸福
○第4話 TAXI
○第5話 裸婦は語る
○第6話 この胸の高鳴りを
○第7話 空中の楼閣
○第8話 正義の翼
○第9話 編集された殺人
○第10話 寝台特急カシオペア殺人事件!
○第11話 ついている女
○第12話 狙われた女
○第13話 マリリンを探せ!
○第14話 琥珀色の殺人
○第15話 20世紀からの復讐
○第16話 悪女の証明
○第17話 新・Wの悲喜劇
○第18話 白い声
○最終話 黙示録

[Season 7]

○第1話 還流〜密室の昏迷
○第2話 還流〜悪意の不在
第3話 沈黙のカナリア
○第4話 隣室の女
○第5話 顔のない女神
○第6話 希望の終盤
第7話 最後の砦
○第8話 レベル4〜前篇
○第9話 レベル4〜後篇・薫最後の事件
○第10話 ノアの方舟〜聖夜の大停電は殺人招待状!
○第11話 越境捜査
○第12話 逃亡者
○第13話 超能力少年
○第14話 男装の麗人
○第15話 密愛
○第16話 髪を切られた女
○第17話 天才たちの最期
○第18話 悪意の行方
○最終話 特命
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2009年10月09日

新刑事コロンボ「殺人講義」(2009/9/22)

 僕のDVDレコーダーには、30時間以上も「刑事コロンボ」が録画されている。BS−Hiで毎週放送しているからだ。といっても、同じように「相棒」も録画していて、第7シーズンに至るまでほとんど見てこなかった遅れを、今更ながら取り戻そうと再放送をとりまくり見まくりしているので、なかなか2時間枠のコロンボを見る暇がない。

 その上、「新」がつくコロンボは当たり外れがあるという話なのだが、タイトルからどれが見応えあるかはわからない。その意味では、今回の作品は見覚えがあるので少し安心だ。確か新コロンボシリーズを日本テレビで初放送した際に、何本か見た中の一本だ。先日見たスピルバーグの若き日の姿とみまごう映画監督の犯罪の回や、セラビストが娼婦に扮して愛人を殺害する回などとあわせて、よく記憶している。

 脳天気な大学生二人がコロンボをだまして、自ら企てた教授殺害を別の容疑者の仕業と見せかける。ロバート・カルプが特別ゲストとして出演していて、旧シリーズの「指輪の爪あと(1971年)」の時と同様、自信たっぷりな弁護士役で登場するのは、昔からのファンへのサービスであり、お遊びだが、解決に至るプロセスはいたって平凡だ。

 いや、コロンボシリーズらしく見せてくれてはいるが、僕が気になるのは、コロンボが自信をもって、最初から犯人に目星をつけていたと最後の最後に犯人に言い放つ得意の場面がないからだ。いや、ないどころか、要所要所で犯人の大学生二人がボロを出してくるのを見かける事で、次第に彼らを疑いだす。これはふつうの刑事ドラマでは当たり前でなんの問題はないのだが、コロンボにしてはまずいやり方だった。

 コロンボは「能ある鷹は…」の格言通り、自らの叡智を最後の最後まで隠し持って、犯人には無能と思わせて油断させる。しかし一方で視聴者には的確に犯人を見抜いている事を知らしめておいてくれる。そして最後に完膚無きまでにたたきのめされた犯人の「いつから疑いだした」という疑問に「最初にお会いした時からおかしいと思ってました」と、胸のすくような台詞を言い放つ。この時の僕らのカタルシスは例えようがない。これが、普通の刑事ドラマと同じタイミングで犯人が分かるようでは、コロンボと言えないのだ。
posted by アスラン at 13:08| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | TVダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月05日

そうか、「ER救急救命室」は終わってしまったんだな。

 第15シーズンで打ち留めだそうだ。第7シーズンの途中までしかしっかりとは見ていないので、見たシーズンより見ていないシーズンが追い越してしまったのか。

 そもそも、NHK−BSで第1シーズンの再放送ぐらいからつきあいだした。こんな面白い海外ドラマは久しぶりだなぁと毎週楽しみにしていた。ほとんどが知らない俳優ばかりだったが、それぞれが個性的で魅力ある人物像が描き分けられているという感じがした。特に第1シーズンのキャスティングは最高で、誠実さとヒューマニティ溢れるグリーン先生に、女性にだらしないダグ。技術はぴかいちだが、人付き合いに難のあるベントン。グリーンとの公私のコンビネーションは最高だが、トラブルメイカーの姉が足かせのスーザン。有能で臨機応変な看護婦長キャロル。そして良いとこの坊っちゃんでありながら、過酷なERの現場で揉まれるインターンのカーター。

 これだけの魅力的な登場人物がERの激務をこなしていく姿を描くとともに、それぞれに抱える様々な人生模様をリアルに描いていく。そしてドラマにありがちなように、最終回でご都合主義で難題が解決すると言うことはなく、シーズンから次のシーズンへと、現実の人生同様に問題は先送りされてひたすら物語は続いていく。つまり第15シーズンを経て遂に最終回を迎えるが、それまでにある意味でほとんどの人びとの人生模様は区切りをつけることがない。ただ、人物は「消え去るのみ」なのだ。

 スーザンが消え、ダグが消え、キャロルが消え、ベントンが去った。第8シーズンではついに、このERの象徴的存在だったグリーン先生が死をもって退場した。このときをもって僕の中のERは一度終わっているのかもしれない。いや、ここまではきちんと見ようと思っていた。

 テレビシリーズをリアルタイムに見るのはなかなかに難しい。だからVHSに録画してはいたが、すぐにたまってしまう。まだDVDレコーダーが普及する前の事だ。結婚してからDVDレコーダーを購入した当時に、嫁さんにもERの面白さを教えて仲間に引きずり込んだ。最初から見たいというので、廉価版のERのDVDを第1シーズンから購入することにした。そこから嫁さんと一緒に最初からボチボチと見直して、第7シーズンの前半までたどり着いた頃に、子どもを授かった。

 それ以来、購入するのも見るのもストップしてしまった。一つには切れ目ない育児に追われ、見る暇がないこと。見ようにも、何しろ元々視聴者の不安を掻きたてるような、過酷な現実が描かれる事が多いので、時として見ると落ち込んでしまうようなエピソードもある。数回に1度は、心が揺さぶられるような暖かさに包まれる時もあるのだが、ほとんどの場合が落ち込む。1話見終わって、二人して「なんだかなぁ〜」などと感じる事もよくある。それでも子どもができるまでは、やめることができず、先に先にと見ていったのだが、どうしても子育てとERの両立は成り立たなくなり、ほぼ今に至っている。それでも第7シーズンはほとんど見た。

 DVDを買うか買わないかは別として、第8シーズンのグリーン先生の最後は是非看取りたい。そして、その後のカーター君の行く末を最終回まで追っていくかどうかは成り行きしだいだ。できれば、最終シーズンに姿を現すというダグ(ジョージ・クルーニー)とキャロル・ハサウェイ(ジュリアナ・マルグリーズ)の姿を懐かしんで自分の中のERを完結させたいという気もする。

 つい最近行われた打ち上げパーティで、ベントンやジェニー・ブレの姿が見られた。グリーン先生(アンソニー・エドワーズ)は来てなかったのだろうか。来ていれば人気シリーズの功労者として、まっさきに写真に映し出されていただろう。残念だ。
posted by アスラン at 02:59| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | TVダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月11日

仮面ライダーディケイド最終回は、あれでいいのか〜。

 いや、びっくりした。まさか、あんな終わり方をするとは思ってもみなかった。平成ライダーとひとくくりされる9人のライダーの端緒となるクーガは、まだ無名だったオダギリ・ジョーを始めとする登場人物たちの魅力と、子供向けらしからぬハードなストーリー展開で、久々に見た僕のライダー熱を再燃させた。

 思えば、仮面ライダーを開始当初から見て、V3の頃がもっともはまった年代だった。お定まりの仮面ライダースナックも買って、カードも集めまくった。そんなライダー一期生も納得の出来だったのが、クーガだ。しかし、その後のゲーム感覚の平成ライダーたちと、イケメンを配するママさん向けの演出についていけなくなり、次第に見なくなった。再びもどってきたのは、電王のぶっとんだストーリー展開と、これも魅力的な4体のイマジンと声優たちのコラボレーションの面白さだった。これなら、見られると思ったら、次のキバは話があっちいったりこっちいったりで、あっという間についていけなくなった。

 そして、ついにディケイドだ。とぼけたフェースで、開始前には、歴代で一番かっこわるい仮面ライダーだと感じた人も多かったようだが、いざ始まると、これがなんともかっこいい。別のところで、時代劇のヒーローのようなかっこよさだと書いたが、まさに遠山の金さんか、木枯らし紋次郎か、というようなアウトローの魅力が感じられる。演出も冴えている。
 「おまえは誰だ!」
 「通りすがりの仮面ライダーだ、覚えておけっ!」
完全に時代劇でしょ。

 うちの4歳になる息子にはまだ早かったらしくうけなかったが、僕には大ウケだった。それ以来、ずっとかかさず見てきた。9つのライダーの世界を2話ずつかけて、干渉しつづけ、ようやくヒロインのなつみが見る破滅の夢の世界に話が繋がると思ったら、いろいろと寄り道をする。シンケンジャーの世界まで行ってしまった。そのうち、最終回があれよあれよと近づいてくる。どうしたって、まだ夢の場面の謎が解かれてないぞ。なんだか、もったいない終わり方をするなぁと、なんとなく思ってた。でも、まさか、あんな終わり方をするとは…。

 これでようやく冒頭の言葉につながった。最終回がなんと「続く」だったのだ。それも、年末に公開される仮面ライダーディケイドの新作映画に続くのだ。今やっている夏休みの映画を見ないと解決しないのかなぁ、となんとなく思っていたが、それどころの話ではない。年末の映画だよ。つまりテレビの連続ものが映画を観ないと完結しないなんて、超反則わざではないか。ふつう、ドラマだと番組改編期の春や秋にスペシャル版を放映する。あれでいいではないか。そして、それに合わせて新作映画もやる。それなら納得できる。映画は映画、テレビはテレビだ。

 これって、「バックトゥーザフューチャー2」をロードショーで見た観客よりもショックだろうな。
posted by アスラン at 13:01| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | TVダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月03日

エヴァの第25話、第26話を、今見ると…。

 先日の土曜日だったか、ようやくテレビシリーズの「エヴァンゲリオン」の一挙放映が終了した。たまたま、深夜まで起きていたので最終日の3本を全部見てしまった。「最後のシ者」の渚カヲルとシンジとの運命的な出会いのシーンが飛び込んできて、その後使徒侵入を示す警告音とともにベートーベンの第9が流れ出す圧倒的な演出が、このシリーズ最高潮の演出であることは、テレビシリーズを通して見たものにとっては周知の事実であろう。そして、その後の第25話と第26話(最終話)が、とんでもない物議を醸したというのも、エヴァファンなら知らぬ人はいない。

 だからこそ、「今回初めて(このテレビシリーズを)見てきた方は、これから大変な事になる」などと、いかにも楽しげにキャイーンの天野が第25話前のナビゲーターとして説明するのに、僕自身も笑いながら「そりゃそうだな」と人ごとのように楽しんでしまった。それくらい、もう僕らにとってエヴァブームは懐かしさを伴って余りある思い出となってしまった。今回、通して見てきて思ったのは、アスカ・ラングレーの「あんたっ、バカ〜」というフレーズが妙にパロディーを見てるかのように感じられる事だ。つまりそれぐらい僕らは「新世紀エヴァンゲリオン」を消費し尽くしてきたということになる。

 そうなるとおかしなもので、あの当時、僕自身も会社の友人から教えてもらって、ようやくすでに終わっていた本放送から春休みだか夏休みになってからの一挙再放送を、訳も分からず熱狂的に見まくった上に、第24話で気持ちが大盛り上がりして、さてあと2話でどんな結末が待ち受けているのか、ワクワクして見たにも関わらず、言わば急に前衛映画の「ガマン比べ」が始まったかのようなラスト2話の落とし方に、呆然としてしまった。さすがに怒りはしなかったが、さてこれで誰一人として「エヴァ」を完結する事ができなかったが故に、永遠に「一つの事件」として心にとどまり続けたことは確かだった。

 その後に、映画館で「もうひとつの第25話、第26話」が作られる事になり、そこに群がり集まった「エヴァを完結することのできなかった人々」は、ふたたび別バージョンのエンディングにも「完結」が訪れないとしって、今度は呆然ではなく呆れてしまった事も、すでに過去の出来事になった。

 そして、新たな「エヴァンゲリヲン」が誕生する事になり、それはそれで僕は楽しみにしているわけだが、今回のテレビシリーズ一挙放映が第2作「破」の公開を記念して地上波に初登場した第一作「序」に合わせて、旧ファンと新たなファンに向けて企画されたわけだから、「序」を見る前にぜひとももう一度見ておこうと、頑張ってきた。

 それも、先回りして第25話、第26話を見て驚いた事に、いまや相当に物議を醸したはずのラスト2話を今見ると、まったくいらだたしくないし、いやもう、これはこれで充分に完成度が高いのではないかと思うくらいに違和感がないのだ。これにはちょっと意外な思いがした。実は、これに先駆けるように「パチンコCRエヴァンゲリオン」の究極の確変画面では、あの最終話の「おめでとう」の呼びかけ画面が登場するらしいのだ。そして、それがなんとも心地よいのは何故かと言うと、もう僕らの中では十分に過去のテレビドラマが消費尽くされ、すべてがいつのまにか「完結」していたからに他ならない。

 そして、ようやく僕は「エヴァンゲリヲン・序」のスタートラインに立つ。
posted by アスラン at 19:40| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | TVダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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