2009年11月30日

ブラタモリ(NHK)

 この秋になって「空から日本をみてみよう」と「ブラタモリ」と、僕の好きな散歩番組が相次いで始まった。これは偶然なのだろうか。いや、昨今の歴史ブームから、もう一度「都市としての東京(あるいは大都会)」を見直してみようという事だろう。ただ単にあるものをそのまま見るのではなく、トータルな都市として見る。あるいは歴史の堆積として見る。これは都市をコード(言語)として見る、一種の言語論だ。だが、そんな理屈はどうでもいい。ただ、僕にとっては「ぶらり途中下車の旅」や「ちい散歩」タイプの散策番組では物足りない部分を補ってくれる番組の出現に、拍手を送りたい。

 とくに「ブラタモリ」が面白い。以前から、タモリが古地図好きで、都市の過去の姿と現在の姿を重ね合わせて、何事かを語れる人間である事はなんとなく知っていた。「タモリ倶楽部」では鉄道マニアとしての知識を開陳するだけでなく、川沿いを探索して江戸の痕跡を探り当てていく趣向に感心していた。こんな番組を平気でさらっと企画してしまうのは、今のところタモリをおいてはいないのではないか。そのタモリの余技に目をつけたNHKが、エンターテイメント番組にしてしまうとは思わなかった。なかなか素晴らしい着想だ。

 タモリは番組の中でさかんに「坂道は昔とほぼ姿を変えていない」と繰り返し言うのだが、何故そう断言できるのか不思議だった。坂道を頼りに、古地図と今の地図を重ね合わせて探索すると、確かに坂道は昔から今の位置に変わらずある事が多いのだ。その意味を今ひとつ理解しかねたのだが、タモリが出している「タモリのTOKYO坂道美学入門」を最近借りて読んでみると、本当に坂道の場所は今と全くと言っていいほど姿を変えていないのに驚かされる。

 よくよく考えれば、坂は高低差がある土地に生まれ、そこの尾根伝いに作られる。高低を切り崩す事はそうそうできるわけはないので、坂道の位置もおのずと変化しない。平地は区画ごと変貌してしまう事が時としてあり得るが、坂は変わらない。変えられないといった方が正しいか。そこが何とも面白い。

 あとは想像力の問題だ。東京には、至る所に歴史がごろごろしている。アシスタントにわざと物を知らなそうな若い女子アナを添わせるのは、タモリを引っ張り出してきたプロデューサーの戦略が感じられる。
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2009年11月25日

NHKスペシャル「魔性の難問〜リーマン予想・天才たちの闘い〜」(2009年11月25日視聴)

 深夜。かなり遅めの食事をとり、翌日の夕食の支度をすまそうと冷蔵庫を開けると、用意されているはずの宅配会社の食材が見あたらない。レシピを見ると、「さけのコロコロステーキ」の食材がなくてはならない。影も形もない。ママが注文しそこなったようだ。あれまぁ。

 おもわぬ時間の余裕ができたので、とっとと寝ればよかったのに、DVDレコーダーの録画番組の整理をしないと残時間が尽きてしまうと思い立って、寝かしつけた息子を横目にしながら、居間のテレビとレコーダーのスイッチをつける。

 NHKスペシャルが2本、どちらも数学関連のドキュメンタリー。これは意図的な企画なのだろう。どちらも、ある「予想」にまつわるストーリーだ。「リーマン予想」と「ポアンカレ予想」。どちらも耳にしたり目にしたりはするが、その内容はと言うと、ほぼ知らないと言っていい。

 実はうとうとしながら「魔性の難問」を見ていたので、何度もエンドタイトルを見てはテープを、いやHDを巻き戻し、繰り返し再生した。ようやく見終わってからもう一本の冒頭も見て、電源を落として寝た。「ポアンカレ予想」は宇宙の形に関する予想らしい。つまり、同じ「予想」と言っても、かたや数学の問題、かたや宇宙(天文学・物理学)の問題だ。

 「予想」という言葉は、証明されていない、科学者(数学者)の直感のようなもので、証明されないかぎり定理にはならない。ただし、どう調べてもそうなりそうだという科学者(数学者)たちの合意が形成された、特定の直感というべきなのだろう。

 「フェルマーの最終定理」が証明された事が話題になったが、あれも実は定理とは本来呼べない。フェルマーが「私は証明した」と書き残したために定理に格上げされているが、証明は書かれていなかったからだ。イギリスの数学者ワイルズが300年後に証明するに至って、名実ともにようやく定理になったわけだ。

 では「リーマン予想」とは何かと言えば、これまた難しい話が山ほどでてきそうだ。ただし番組では、僕ら素人にも興味が持てて理解可能な部分にだけ焦点をあてて、さらっと説明している(のだと思う)。

 そもそもオイラーが整数論の中で注目した素数に関するさまざまな謎に対して、ひとつの道筋を与えたのがリーマンだった。素数は誰もが知っているように、何の規則性もなくランダムに出現する、きわめて特徴的な数だ。オイラーの「素数階段」では、どこまで行っても素数の法則などみつかりそうにない。この性質を応用して、コンピューターシステムのセキュリティーに「非常に大きな素数」が使われている事は、僕にも理解できる。きわめて大きな素数を暗号キーに用いると、世界最速のスーパーコンピューターで計算したとしても、解読に数百年はかかると言われている。

 さて、この素数を入力として「ゼータ関数」という函に通してみると「出力する数値のグラフは一直線上に並ぶ」というリーマンの直感こそが「リーマン予想」に他ならない。ここでゼータ関数がどんなものなのかは、素人である僕らは一切知る必要はない。なんの法則も見いだせなかった素数が、一定の操作をするだけで整然と一列に並んでしまうというところだけが重要なのだから。これが解ければ、素数の意味だけでなく、宇宙を支配する原理さえも見えてくるかもしれない。そんな壮大なロマンを秘めている。

 しかし、数学的なロマンを夢想するのはここまでで、このあとは「リーマン予想」にまつわる人間ドラマ、あるいは悲劇を描く事が主眼となる。「リーマン予想」に生涯をかけた天才数学者たちの何人もが、あえなく挫折し、ある者は人生そのものを狂わせてしまう。ワイルズのように最後に証明できれば「めでたしめでたし」なのだが、いまだに証明には至らず、あまりの挫折感から「リーマン予想が間違っている」と晩年に言い続けた数学者もいる。このことがその後の研究の足かせになったらしいが、まったくのところ痛ましいとしか言いようがない。

 ドラマは50分の中で駆け足で人間ドラマを浚っていったので、感動するまでにはいかないが、「リーマン予想」の面白さを僕に教えてくれるには十分だった。さっそく図書館で検索すると、「素数に憑かれた人たち」(ジョン・ダービーシャー)が見つかる。これでも読んで、もっと「リーマン予想」を味わいつくそうか。
posted by アスラン at 12:54| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | TVダイアリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月20日

ロケハン!(2009年11月14日)

 雨が降ってきそうな曇り空、にもかかわらず風があって空が紫がかって光り輝いている不思議な夕刻。まるでヴェンダースの「パリ、テキサス」の一場面を見ているかのようなときめきを感じる…。
芋窪街道20091114-01.JPG
posted by アスラン at 12:34| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ロケハン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月19日

記憶の中の森繁久彌

 僕が小学生の頃、兄のステレオの横に置かれたレコードラックの中に、加藤登紀子の「知床旅情」のシングル盤があった。あれは誰が買ったのだろう。兄が買ったのかとずっと思っていたが、ひょっとするとあのレコードも、ステレオと一緒に親戚から譲り受けたものだったのかもしれない。子どもの頃から人一倍ミーハーで、かつ渋めな性格だったからか、この「知床旅情」はいたく気に入った。加藤登紀子の朗々と歌い上げる歌声に魅せられて、なんども繰り返し聴いた。そのシングル盤のジャケット裏に歌詞が書かれていて、作詞・作曲に森繁久彌とあったのを見て、とっても不思議な感じがした。有名な俳優がどうしてこんな良い曲を作れるのだろう、と。

 その当時から森繁久彌は子どもの僕にとってもおなじみの俳優で、どちらかというと映画俳優と言うよりも、テレビでよく見かける面白い役者という感じだった。一つには、土日の昼間に放映された日本映画の数々を毎週のように見る父親につきあってよく見ていたから、その中にたびたび姿を現す森繁久彌を映画俳優として意識する事がなかった。

 その頃の映画で何と言っても好きだったのは「社長シリーズ」だ。30本以上も作られた映画は、どれといって区別がつかない。森繁を中心に、毎回おなじみの出演者たちがそれぞれの役どころで同じような物語を繰り広げる。特に小林桂樹扮する堅物の秘書や、「パーッといきましょう」と宴会をもり立てる営業部長の三木のり平などとのお決まりの掛け合いが楽しかった。ドカーンと笑わせる一流のお笑い芸人たちを掌の中で軽くいなしてしまう森繁の円熟した笑いが洒落ていて、子どもながらに大好きだった。

 彼の真骨頂は、その後映画好きになってから東宝版「次郎長三国志」での森の石松にあると知ったのは、もちろんずいぶん後になってからだが、今でも森繁久彌と言うと思い出されるのはテレビ朝日で放映されたドラマ「だいこんの花」だろう。あれは、とにかく愉快でほろりと泣かせて、そしてあったかかった。もうホームドラマの模範と言える作品だった。向田邦子が脚本を書いていただけあって、ただ楽しいというだけでなく、どこか郷愁が感じられた。戦後を引きずって上官と部下という役どころを森繁と共演者が演じているところにペーソスがあった。

 追悼番組として「だいこんの花」が放映されたのを録画したので、とっても楽しみにしている。これをもう一度見ることで森繁さんを偲びたい。物語はもちろん楽しめるが、一番の見どころはエンディングでの一人息子役の竹脇無我との茶の間での掛け合いだ。この部分の森繁の台詞はアドリブだらけで、共演者さえもクスクス笑わされてしまっているのが伝わってきて、見ている僕らはとっても愉快だった。

 素晴らしい役者でした。ありがとう、森繁さん。
posted by アスラン at 02:10| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月12日

ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序(2009年8月X日)

 一連の作品の決定版とも言える〈新劇場版〉三部作のまんなかにあたる「破」が夏に公開され、それに合わせて日本テレビで第一作の「序」が放映された。さらに深夜枠で、かつてはテレビ東京で放映された連続アニメが一挙に放送された。そのとき、連続アニメも撮り溜めして全部見てから「序」にとりかかろうと決めた。

 そして全部見終わった。というより見飛ばしたといった方がいいか。例の第25話、第26話を見て改めて感じたのは、渚カヲルとシンジとの運命的な出会いと残酷な別れを描いた回と、その後のラスト2話の間に存在したはずのギャップがもはや僕の中には存在しなくなっている点だ。当時、最後のシ者であるカヲルの死とともにシリーズは最高潮を迎え、その後の2話で決着をみるはずのストーリーが、監督・庵野秀明によって大きくはぐらかされたために物議を醸したわけだが、今見るとこのエンディングで何が悪いのかと思わざるを得ない。いずれにしても、ラスト2話で完結しなかったと感じたエヴァファンの胸の奥には、長きにわたって亡霊が巣くうこととなった事だけは確かだ。

 亡霊は何度も何度も現れては消え、形を変えては再度姿を現したが、当時のエモーションはもう取り戻す事はできない。それでもやはり、エヴァの亡霊は生き続けているようだ。それが「ヱヴァンゲリヲン」という形で、あるいは「序・破・急」という形で再生した理由だろう。しかも、この亡霊を語り継ごうとしているのは、世代交代した「エヴァに取り憑かれた人々」だ。どうしたって、連続アニメ放映時に熱狂した僕らが見たのと同じ亡霊とは思えない。

 監督・庵野秀明が生み出した「新世紀エヴァンゲリオン」では、鬱屈した少年少女が、終わることのない永遠に引き延ばされた夏を過ごすという、残酷な物語だった。エヴァでは、確かに斬新な新しいSFアニメの可能性を生み出したが、それ以上に永遠に大人になりきる事ができない、いわば大人ごっこをしている登場人物たちの、言って良ければ「人間ドラマ」でもあった。

 そこに何事かドラマがあったとすれば、庵野監督が自らの鬱屈をさらけ出すことで、底抜けに脳天気な明るさと、果てしなく虚無の深みが広がっている心の闇とをあわせもつ少年時代を自伝的に物語に注入できたからに他ならない。それはもう第1話のシンジからして、そうだった。ならば異質な物語の拡大を続けた結果が第23話までであったわけで、第24,第25話のエンディングこそが、監督が描きたかったドラマに違いない。

 新劇場版では、このSFの部分もドラマの部分もひっくるめて、最初の庵野版「エヴァ」を徹底的に細密な技法でトレースしてしまった。描写はとてつもなく正確で美しい仕上がりになったが、肝心のエヴァらしさは抜け落ちてしまった。

 この「ヱヴァ」には、夏の暑さや登場人物の鬱屈がない。
posted by アスラン at 12:45| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画(2000年〜現在) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月03日

ロケハン!(2009/11/2)

 会社帰りの夜の公園にて。

大きな雲に見え隠れする満月。雲の下を通るように旅客機が低空を飛んでいく。怪しげな夜。マイケル・ジャクソンの「スリラー」。怪しげな魔物が徘徊する…かも。

満月20091102-01.JPG
posted by アスラン at 01:16| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ロケハン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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